20 辺境伯の恋わずらい
雪の中、外勤務に出ていたディエゴたちは夕方に帰ってきた。
彼らが帰ってくるまでシャノンは休憩室の中を行ったり来たりしながらやきもきしており、全身雪まみれのディエゴやラウハたちが誰一人欠けることなく帰ってきたと知るとほっとして、嬉しそうな顔で暖炉に薪を足していた……とエルドレッドに教えてくれたのは、その場に居合わせていたという騎士見習いである。
その騎士見習いはかつて、シャノンに片想いしていた。
その噂を聞きつけたエルドレッドが彼を呼び出して膝を突き合わせ一時間ほど話した結果、彼はシャノンに片想いする少年からただのファンになっただけでなく、シャノンの様子をエルドレッドに教えてくれる係になってくれた。
ゴードンは「大人げない……」、ディエゴは「若者を脅さないでください」と言ってきたが、とんでもない。
エルドレッドはただ、自分もまたシャノンに恋をしていることや、どれくらい彼女のことを恋しく思っているかなどについて話して少年に納得してもらい、「それじゃあ僕が、お二人の恋の架け橋になります!」と自ら言ってもらったのだ。
(今日も、シャノンと一緒に行動できてよかった……)
積雪期のユキオオカミの行動についての記録を書きつつも、エルドレッドはにやにや笑うのを止められない。ともすれば記録に間違って「シャノンはかわいい」と書きそうだが、その辺りはしっかりしているのがエルドレッドという男である。
シャノンが薪置き場の鍵を借りたらしい、という話を聞いたエルドレッドはすぐさま薪置き場に向かった。報告書が途中になっていたが、明日までに仕上げればいいものだから大丈夫だ、と己に言い訳した上で。
案の定シャノンは、騎士たちのために薪を運ぼうとしていた。
どんと積まれた無骨な薪の前に立つ、春の妖精。
絵に……はならない光景だが、ギャップは感じられたのでそれはそれで大変よかった。
だが、かわいらしい制服を着たかわいらしいシャノンが薪を運ぶなんて、とんでもない。
万が一怪我をしてはならないし、下手すれば子どもよりも体の小さい彼女が薪を運ぶ姿なんて、微笑ましいどころか「虐待?」と言われそうだ。
だから自分が代わりにやると言ったのだが、シャノンはきっぱりと断った。
(意志の強いところも、素敵だ……)
エルドレッドとしては頼ってほしかったのだが、慣れない土地でも自分にできることをしようとたくましく立つシャノンの姿は、それ以上に素敵だった。
なるほど、城中の人間が彼女を愛でるのはただ単に見た目がかわいいだけでなくて、こういう意志の強さやたくましさがあるからなのだと、再認識させられた。
それでも一人で行かせるのが不安なので何だかんだ言い訳をすると、同行することを許してもらえた。
(これは実質、デートなのでは? 一緒に薪を運ぶデート……薪デート……)
語呂が悪すぎるどころかエリサベト辺りが聞いたら「ダッサ!」と言いそうだが、構わない。
おそらく薪デートなんてするのは世界でエルドレッドとシャノンだけだろうから、何も問題ない。ここが発祥の地である。
そういうことで、シャノンの健気でたくましい姿を見られてエルドレッドはそれだけで十分胸がいっぱいだったのだが。
『……ちなみに閣下、お仕事は大丈夫ですよね?』
じろっとこちらを見ながらの、少し咎めるかのような言い方。
あの瞬間、エルドレッドの中で何かが産声を上げた気がした。
小さくてかわいらしい、守ってあげねばと思えるような女性。
そんな彼女が疑うような怒ったような目で、見てくるなんて。
(どうしよう。俺、シャノンになら叱られてもいいかもしれない……)
とうとう記録を書く手を止めたエルドレッドは、胸を押さえてうめいた。
……シャノンに叱られてもにこにこする騎士がいるとは知っていたが、今はその気持ちが痛いほどよく分かった。
「シャノンが俺専属の事務官になってくれたらな……」
ふと、そんなことをつぶやいてしまいはっとする。
シャノンは、騎士団付事務官だ。ただでさえ人手不足なのだから彼女を引き抜くことなんてできないのだが、もしシャノンがエルドレッドの執務室付になったら。
ちゃんと仕事をすると褒めてくれるし、帰ってきたときには暖炉に薪をくべて温かい飲み物を用意してくれる。
そしてもしエルドレッドが仕事の手を抜いたら、「何をやっているのですか」とあの目つきでじろっと見ながら叱ってくれる――
「……いいなぁ」
とてもいいとは思うが、もしそうなったら自分はシャノンに叱られたいがためにわざと仕事をサボるダメ城主になる未来しか見えないし、叱られて興奮する変態の烙印を押されるに違いないので、やはり今くらいの距離感がちょうどいいと考え直した。
シャノンのことになると我ながらおかしくなると分かっているが、表には出さないようにしている。
無理矢理相談相手に据えたディエゴにはドン引きされるしいろいろ察しているゴードンには生ぬるい笑みで見つめられるのだが、当の本人であるシャノンにはばれていないようだからいいだろう。
(彼女にとっての俺は、頼もしくて格好いい城主であってほしい)
よし、とエルドレッドは気持ちを切り替え、途中で放棄していた書類に視線を落とす。
――ユキオオカミ。
「今年の行動ルートは、おかしい。……手を打つ必要があるな」
エルドレッドは、窓の外に目をやった。
もうすぐ、ランバート領は真冬を迎える。




