14 突然の提案
「失礼します、ホイル様。騎士団付事務官のシャノンでございます」
「シャノンですか。お入りなさい」
ドアをノックして名乗ると、穏やかな声が返ってきた。そうしてドアを開けて一礼したシャノンを、高齢男性が迎えてくれた。
ゴードン・ホイルは、辺境伯家に仕える執事だ。エルドレッドと同じく彼もまた北方系ではなくて王国系の名前であるのは、出身が王国貴族の名家だからだとされている。
エルドレッドの父親が子どもの頃から従者として辺境伯家に仕えていたという彼はシャノンを見て微笑み、差し出した書類を受け取り丁寧に確認した。
「相変わらず、美しい字ですね。ディエゴ・グラセスが王都で雇ったということですが、元貴族だけあり十分な実力をお持ちですね」
「もったいないお言葉でございます、ありがとうございます。以後も精進いたします」
「謙虚なところも、大変よろしい。……決して悪いことではないのですが、我らが主君のエルドレッド様はどうにも落ち着きのない方で。少しはあなたを見習ってほしいくらいですね」
「俺がなんだって?」
ふいに後ろから声がしたので、シャノンはぎょっとして飛び上がってしまった。その弾みで、空になった書類ケースを取り落としそうになり。
「おっと!」
後ろから太い腕が伸びてきて、シャノンの手から離れそうになったケースをしっかり握ってくれた。シャノンが両手で持たないと安定しないケースだが、片手でひょいと持たれている。
「っ……これは、失礼した。シャノンだったか」
「えっ、閣下?」
書類ケースのことで頭がいっぱいになっていたシャノンが振り向くと、そこにはエルドレッドがいた。
……それも、かなり近い距離に。
エルドレッドはシャノンの背後に立ち左腕を伸ばして書類ケースをキャッチしてくれたので前傾姿勢になっており、普段はドア枠の上部に触れそうなほど高身長な彼のご尊顔が、シャノンのすぐ脇にあった。
(わっ!? 距離、近いっ……!?)
「あっ……ご、ごめんなさい!」
「え? ああ、いや、気にしないでくれ。ほら、これ」
シャノンがざっと距離を取ると、エルドレッドは少し照れたような表情でケースを渡してくれた。
それを両手で受け取って胸に抱き込み、遅れて頬が熱くなってくる。
(格好悪いところをお見せしてしまった……!)
「あの、申し訳ございません。後ろにいらっしゃるとは思わなくて……」
「いや、私こそすまない。てっきりゴードンがディエゴあたりと話しているのだと思って、無遠慮に近づいてしまった」
エルドレッドは大きな手を振ってそう言い、にやにやしながらこちらを見ている執事に気づいてひくっと頬を引きつらせた。
「……ゴードン、さてはシャノンの前で私の悪口を言っていたな?」
「さて、何のことでしょうか? 私はただ、シャノンの謙虚なところを褒めただけですが?」
「確かにシャノンは慎ましいところが非常に好ましい……が、おまえ、絶対に私と比べただろう」
「記憶にございませんねぇ……」
執事は小さく笑ってからシャノンを見て、「ああ、そうです」とわざとらしい声を上げた。
「シャノンの用事も終わりましたし、エルドレッド様が騎士団棟に送って差し上げたらいかがですか?」
「えっ、そんな、申し訳ないです! 閣下もご多忙でしょうし!」
すぐさまシャノンは言うが、執事は微笑みを絶やすことなく首を横に振った。
「いえ、実はエルドレッド様は暇なときは暇なのです。それに、辺境伯城で一番の新人であるシャノンは今後のことも考えて、エルドレッド様と懇意にしていただきたいと思っているのですよ」
「ゴードン!」
何やら焦った様子でエルドレッドが言うが、シャノンははっとした。
(今後のこと……。そうね、永年雇用してもらうには、主君と懇意にしておくべきだわ!)
決して媚びを売るとか、そういうことは考えていない。
だがエルドレッドの中のシャノンが貴族崩れの得体の知れない女のままであるよりは、どんな人柄の人間であるのか知ってもらった方がいい。
(私も元といえど貴族なのだから、閣下と共通の話題が見つかるかもしれないし……)
よし、とシャノンはエルドレッドの顔を見上げた。
「閣下、もしよろしかったら付き合っていただけませんか?」
「だからおまえは昔から、私のことを――すまない、シャノン。今、なんと?」
執事に何やら言い返していた様子のエルドレッドは、シャノンが何か言っているのに気づかなかったようだ。
シャノンとエルドレッドとでは二十センチ以上の身長差がありそうだから、小声だと彼のもとまで声が届かないのかもしれない。
「閣下にとって煩わしくなければ、お城の案内も兼ねて付き合っていただきたいのです」
だから、シャノンはしっかりと顔を上げてエルドレッドの方を見て、はっきりとしゃべった。
今度はきちんとエルドレッドの耳に届いたようで、彼はしばし黙ったのちに「えっ」と少し弾んだような声を上げた。
「いいのか? いやもちろん、煩わしいなんてとんでもない! あなたのようなかわいい人をエスコートできるなんて、むしろ私の方からお願いしたいくらいだ」
「エスコートなんて。私はもう、ただの平民ですよ」
「身分の問題ではなくて、男として麗しい女性の手を引きたいという気持ちの問題だ。……さあ、お手をどうぞ、シャノン」
エルドレッドは少し気障っぽく言って、右手を差し出してきた。
まるで舞踏会のファーストダンスの誘いをする貴公子かのような姿に、くすぐったいような気持ちになってくる。
「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
そっと握られた手は、シャノンのそれよりも一回り以上大きくて、温かかった。




