13 シャノン、本城に行く
辺境伯家当主エルドレッドが、約二ヶ月に及ぶ外出から帰ってきた。
彼は今年の冬の備蓄について、北方地元民たちと話をしてきたそうだ。今はまだ季節は秋だが、ランバート辺境伯領の冬の訪れは早い。暖かいうちに冬の対策について考える必要があるそうだ。
そんなエルドレッドが戻ってきたからか、城は以前よりにぎわっているように思われた。
「そりゃあそうよ。だって閣下って、超人気者だしぃ」
「あの顔であの性格だから、モテて当然って感じ?」
「あたしも若い頃は、閣下に恋していたっけなぁ」
そう言うのは、いつもの女性騎士三人組。
男性並みに身長の高いテルヒ、むっちりボディのラウハ、鍛え抜かれた筋肉が自慢のエリサベトの三人は男性騎士たちを全員押しのけ、暖炉の前を陣取っていた。
なお彼らは、女性騎士たちには「俺たちにも火を分けろよ」とぶうぶう文句を言うのだが、そこにシャノンが加わると「どうぞどうぞ」と譲ってくれる。
ラウハたちもそれが分かっているようで今ではシャノンをうまく利用して、暖炉の前の特等席を確保するようになっていた。
「えっ、ラウハってば閣下のことが好きだったの? 初耳~!」
「てかラウハ、彼氏いるでしょ?」
「いるよ。だから今になってこういうことも言えるようになったの。あー、昔のあたしは青かったなぁーって」
「青かった……のですか?」
シャノンが問うと、ラウハは笑いだした。
「当たり前でしょ! 若かったから、閣下のことが好きになれたのよ!」
「これくらいの年になったら、いろいろ分かっちゃうのよねぇ。閣下のことは遠くから見て、わー格好いいーって思うのはいいけれど、付き合うとか結婚とかは違うって」
「まあ私たちみたいな平民上がりの騎士が閣下と恋をしても、不幸になるのは目に見えているし」
やれやれとばかりにテルヒが言い、エリサベトも力強くうなずく。
「格が違うのよね。結婚したい相手と遠くから愛でたい相手は違うっていうか」
「そういえば確かに、ラウハの彼氏ってスマートな感じだもんね。閣下とは全然違う」
「でしょ? そういうことなのよ」
ラウハがそう言うのを、シャノンは少し不思議な気持ちで見ていた。
(結婚と、遠くから愛でるのは違う……ね)
好きの延長線上に必ずしも結婚があるわけではない、ということだろう。
(そういえば。お姉様はもうすぐ結婚すると言っていたけれど、お相手の方とはどれくらい仲がよかったのかしら)
もう今では姉と呼ぶことも許されないのだが、姉のダフニーは様々な男性を手のひらで転がした末に、伯爵家の次男を射止めるに至ったという。かなりの優良物件だと両親は喜んでいたが、姉がその婚約者のことを口にすることはあまりなかった。
当時のシャノンは、別に家族には言わないだけで姉は姉で婚約者との恋を楽しんでいるのだろうと思った。だが今思えば、婚約者のことを話すときの姉は少し険しい表情をしていた気がする。
(世知辛いわね……)
休憩時間が終わったのでラウハたちと別れ、シャノンは一旦事務官室に寄って書類を入れたケースを手に取った。そうして向かうのは、騎士団棟とは渡り廊下でつながれた本城。
(午後になったし、これを持っていかないと)
午前中に仕上げた騎士団関連の書類を、午後になってから本城にいる執事のところに持っていくことになっていたのだ。
騎士団付の事務官であるシャノンが本城に足を踏み入れる機会は、ほとんどない。だが今回のように書類を執事に提出する必要があるときにはこちらから出向く必要があるので、前回ディエゴに一緒に来てもらい道を覚えさせられたのだ。
シャノンのコーラルピンクの制服は本城でも認知されているようで、通り過ぎる人たちはシャノンを見て一瞬意外そうな顔をしてから、制服を見て納得したような表情になった。
騎士団棟でもそうだったが本城においても、シャノンの体の小ささは目立つ。北方の人間は高身長で骨格も大きめであるため、女性でもシャノンより背が高い人がざらにいる。
本城の廊下は結構複雑になっていて、シャノンが念のために通りがかった官僚らしき男性に道を問うたところ、丁寧に教えてくれた。
礼を言うと、「お仕事ご苦労様です」と笑顔で言われたし、その後ですれ違った高齢男性たちからは「彼女が、噂の」「かわいらしいお嬢さんだな」という声が聞こえてきた。
(本当に、王都で『壁』扱いされていたのが嘘みたいだわ……)
環境が違えば、同じ人間でもこれほどまで周りからの印象が変わるものなのだろうか。
なんとなく面はゆい気持ちになって髪をいじりつつ、シャノンは執事の執務室に向かう。
執事や家政婦長などは上級使用人にあたるため、一人一つずつの個室だけでなく執務室まで与えられている。さらに辺境伯城は土地が広く部屋数も多いからか、執事たちは自分の側近候補を隣の部屋に住まわせて、仕事を教えたり身の回りの世話をさせたりするそうだ。
 




