1 ウィンバリー子爵家の『壁令嬢』
シャノン・ウィンバリーを忖度の一切ない言葉で表現するなら、「でかい令嬢」だった。
ウィンバリー子爵家三姉妹の真ん中として生まれた彼女は、小柄でふっくらとした庇護欲をそそるような姉、長身で均整の取れた肢体を持つ妹に挟まれている。
父方がどちらかというと高身長で、母方がどちらかというとふっくらとした体つきになりやすいという体質を、悪い意味でふんだんに取り入れてしまった結果、シャノンは女性の平均身長より高くてかつ、これといった運動もしていないのにしっかりとした骨格を持つ女性になってしまった。
「シャノンっていっつも無愛想だし、見下ろされているような気がして嫌だわ」
と姉が言えば、
「シャノンお姉様って、かわいそうよね。後ろから見たらまるで、男の人だもの」
と妹も言う。
普段は「このデブ姉!」「ガリガリの鶏ガラのくせに!」と互いを罵る姉と妹なのに、シャノンをいびるときには結託するというのが憎らしい。敵の敵は味方、ということなのだろうか。
両親もまた、「どうしてシャノンだけ、こんなにかわいげのない子に……」「せめてもう少し背が低いか、肩幅が狭ければ」と、本人の前でも愚痴をこぼす。
高い身長と、子爵令嬢としては不必要なほどの体格のよさ、そして癖のないベージュブラウンの髪にグレーの目を持つシャノンは、『壁令嬢』と呼ばれている。
いつぞや、王城で開かれたパーティーに家族で行った際、案の定自分だけには男性からの声がかからず壁際でぽつんと立っているシャノンの姿を見て、誰かが命名したらしい。
ちょうどその会場の壁はシャノンの髪によく似た色合いで、壁と一体化しているかのようだった。しかも本人がでかいので、あれでは『壁の花』ならぬ『壁』そのものだ、と言われたのが始まりらしい、と笑いながら教えてくれたのは、姉のダフニーだった。
「でも私たち、シャノンには感謝しているのよ?」
「そうそう。だってシャノンお姉様がいるかいないかで、私たちに声をかけてくれる男性の数が違うもの」
妹のオリアーナも、笑いをかみ殺しながら言う。
少しぽっちゃり気味の姉も、シャノンの隣だったらスマートに見える。
長身な妹も、シャノンの隣だったら身長が目立たずスタイルのよさが際立つ。
だから姉も妹も、そしてシャノンを持てあます両親も、シャノンを「でかい令嬢なんて、恥ずかしい」なんて言って屋敷の奥に閉じ込めずにパーティーに連れて行くのだ。本人が嫌がったとしても。
(私だって、好きでこんな体に生まれたわけじゃないのに……)
姉妹から貶されるたびに、シャノンは言い返したくなる。
子爵令嬢として生まれて、十八年。
シャノンだってもっと小さな体で生まれたかったし、もっと華奢でいたかった。だがこれはもう骨格の問題なので、どうしようもない。
姉や妹は恋人が絶えることがなかったが、シャノンはこれまで一度も恋人ができたことがない。好きな人ができたことはあるが、「君のお姉さんみたいに、守ってあげたくなる女性がタイプだ」「おまえの妹の方が、スタイルがよくて美人だろう」と言われるのがオチだった。
といっても、シャノンは心がか弱くて繊細で傷つきやすい、というわけではなかった。
子どもの頃は、両親や姉妹から雑な扱いを受けるのが当たり前だと思っていた。だから自分が虐待を受けているとさえ思わなかったのだが、十歳の頃につけられた家庭教師のおかげで現実を知ることができた。
両親は姉と妹には名家出身の家庭教師をつけたが、シャノンにはケチって田舎出身で給金が安く済む女性を家庭教師にした。彼女は婚期を逃した三十代の女性だったが、実の母親などよりもずっと優しくシャノンに接し、あちこちに連れ出してくれた。
姉や妹の家庭教師は彼女らを甘やかすだけだったそうだが、シャノンの家庭教師は人としての生き方や生きる楽しさを教えてくれた。手持ちが少ないのにシャノンのためにこっそりお菓子を買い与え、絵本の読み聞かせをして、保護者としての愛を教えてくれた。
残念ながら彼女は故郷にいる両親の介護をする必要があったらしくてシャノンが十二歳の頃に引退してしまったが、去り際に「あなたは、芯が強くて正しい心を持った方です。どうか背中を丸めず、まっすぐ立っていてください。あなたが背筋を伸ばした姿は、誰よりも美しいのですから」と言って、シャノンを励ましてくれた。
シャノンが虐げられる不幸な少女になることも、グレることもなく成長できたのは、彼女のおかげである。恋に破れても悲観的にならずにいられたのも、彼女の言葉があったからだ。
とはいえ両親は、いわゆる「モテない」次女の扱いに困っていた。
長女と三女は行く先々で男性からのアプローチを受け、誰と付き合えばいいか迷ってしまうという点で困っているというのに、次女に声をかける男性はいなかったからだ。
それでも、今は長女と三女を引き立てる役として活躍しているものの、いずれシャノンは売れ残りになってしまう。そうなるよりは、と思ったらしくなんとか縁を頼り、男爵家の長男との婚約を取り付けることができた。
貿易を営むマート家の長男であるジャイルズは、正直なところいけ好かない男だった。顔かたちは整っているが態度が横柄で、シャノンの両親には媚びへつらうもののシャノンには冷たかった。
「おまえをもらってやるんだから、感謝しろ!」
初対面でそんなことを言われるものだから、シャノンの心は一瞬で冷めた。おまけに姉と妹に鼻の下を伸ばすものだから、一周回って冷静になり笑いたくなった。
……そんなジャイルズなので、婚約が危うくなるのも時間の問題だとは思っていた。
だがシャノンの方がジャイルズをうまくなだめいなしていたからか、二人の間にものすごく大きな問題が発生することなく、三年の月日が流れた。