熱海へようこそ
熱海のマクドナルドで
ブラックコーヒーと
チーズバーガーを頬張るのは
柿島。
34才独身。
仕事はコピー機販売の営業だ。
営業先の担当者とは
ウマが合わず
社内の人間からの
紹介ながら現状
進捗はあまり良くなく
交渉決裂の可能性もある。
商談を控えて
朝食をここで取って
備えようというわけだ。
現在10月1日午前10時11分。
約束の相手は
前山工業株式会社
担当者は春見という男だ。
27才 既婚者である。
10:30に先方の会社で待ち合わせをしている。
時間になり柿島は
受付で春見を呼んだ。
受付で対応してくれた女性から
応接へ通された。
しかしながら、応援で待つこと20分。
一向に春見は現れない。
どうしたことか、、、
先程の受付の女性が入ってきた。
「柿島様。申し訳ございません。
春見ですが本日出社しておらず
連絡も取れない状況です。
柿島様のほうに何か連絡はございましたか?」
「いいえ、何も。。春見さん
どうされたんでしょうか?」
「全く見当がつかず、、申し訳ございません。」
そうなると
柿島としてもここにいても
埒が開かないので
今日は引き上げることにした。
「春見さん、どうしたんだろう、、」
柿島は一旦、港区の会社へ戻ることにした。
一度、春見の携帯へ電話を架けてはみたが電源は切られている状況だ。
そういえば、柿島は
春見の自宅住所を知っていた。
行きたくない飲み会に誘われて
柿島は春見と飲んだことがあった。
熱海の居酒屋だった。
その時に春見は深く酔ったようで
1人で帰らせるにはちょっと危ない感じがしたので
柿島はタクシーで春見の自宅まで
介抱したのだ。
その時、自宅では春見の妻のサキエと生後間もない赤ちゃんもいた。
玄関先で春見を引き渡すと
サキエはひどく申し訳無さそうに何度も柿島に謝った。
そしてタクシー代としては少し大きすぎる1万円を差し出され
柿島は受け取った。
熱海のその自宅は近くに
セブンイレブンがあり
特徴的な土産屋も近くにあったので柿島は何となく
現場に行けば場所が分かるような気がした。
一度、自宅に出向いてみよう。
柿島はもう一度、熱海へ向かった。
熱海駅に降り立つと
柿島はタクシーをつかまえて
春見の自宅を目指して向かった。
セブンイレブンを見つけ
特徴的な土産屋も通り
柿島の予想通り
春見の自宅と思われる場所へ
順調に進んだ。
「このへんで。。」
柿島は支払いを済ませるとタクシーを降りた。
10月1日 17時9分
記憶を辿り
春見の自宅の前まで
到着することが出来た。
チャイムを鳴らす。
「ピンポーン」
、、、、
「はい。」
女性の声だ。おそらく妻のサキエだろう。
「突然、申し訳ありません。私
フューチャーアソシエイツの柿島と申します。前山工業の春見さんと商談の約束をしており、お邪魔させて頂きました。」
、、、、
何も返事がない。
「奥様でいらっしゃいますか?
春見さんはご在宅ですか?」
「あの、、、春見はあいにく
出掛けております。申し訳ありませんが今日はお引き取り下さい。」
「会社にも来ていないようなんですが、お休みを取ってどこか出掛けられているんですか?」
、、、
返事がない。
〜とにかく居ないと言え〜
「んっ?」
柿島は後ろで喋る男の声を確かに
聞き取った。
「もしかして、ご主人いらっしゃいます?」
柿島は再度しつこく聞いた。
「いないんです、、もうお引き取り下さい!」
サキエの声は少し強みを帯びた。
そしてインターホンは切れた。
柿島は、諦めて後にした。
「何か怪しい、、、
奥さんは何かを隠してる。」
柿島は違和感を感じていた。
このまま帰宅するのは
腑に落ちないので
柿島はもう少し調べてから
帰ろうと思った。
そうだ、以前
春見さんと行ったあの居酒屋に
行ってみよう。
またも記憶を辿って柿島は
以前行った居酒屋にたどり着いた。
「ちょうちん」という居酒屋だった。
ここは春見は確か
馴染みの居酒屋と言っていた気がする。
生ビールと柿ピーを頼んだ後
柿島は大将らしき男に話しかけてみた。
「すみません、私、以前ここに
春見さんという男性の方と
来たことがあるんですが
春見さんはここによく来ると行っていました。
春見さんという方はご存じではありませんか?」
大将らしき男は
一瞬曇ったような顔を見せた。
「はるみ、、、
いや〜、
常連さんたくさん居ますからね〜、、
それに名前だけではちょっと分からないですね、、」
うまく交わされた感じはした。
もしかしたら知っているのか?
ただ、柿島としても春見の写真を持ち歩いているはずもなく
それ以上の調査は困難だった。」
何か、嫌な予感がする。
柿島としては
妻のサキエの言動や
居酒屋「ちょうちん」の大将の
言動から
今回の春見の件について
何かあったのではと
直感的に感じていた。
これといった手がかりは掴めないまま時間が過ぎた。
10月1日20時21分
居酒屋「ちょうちん」を出て
柿島はどうしようか迷ったが
このまま旅館なりに泊まることにした。
今から帰ってもまともな時間には
帰宅出来ない。
今日は金曜日で明日は休みだ。
旅館を探すことにした。
柿島は日帰り温泉でよく利用する
旅館があった。
温泉「城の湯」(しろのゆ)だ。
そういえば春見さん
城の湯にもたまに行くって言ってたな
そんなことも思い出しながら
柿島は温泉まで歩いて向かった。
10月1日 20時57分
城の湯に着いた。
「今日、1人泊まり行けますか?」
あまり愛想の良くない女性が
対応した。
「行けますよ。素泊まりでいいですか?」
嫌と言ったら
それしか無理ですと言いそうだな。
「はい、それで良いです。」
温泉は入り放題らしい。それで6,800円の価格だった。
部屋に荷物を入れ
ゆっくりと腰掛けたその時だった。
プルルル
プルルル
畳和式の部屋にある
内線が鳴った。
「はい。」
「柿島様宛にお電話が入っております。このまま繋ぐのでお待ち下さい。」
電話?誰から?
柿島は声を待った。
「もしもし、柿島か?」
聞き覚えのないドス黒い男の声だ。
「はい、どちら様ですか?」
「今すぐ春見の自宅に来い。
そして22時ぴったりにインターホンを鳴らせ。そうすれば春見を助ける。」
電話は切れた。
人質か?
いずれにしても何か事件に巻き込まれているようだ。
どうしようか?
柿島は考えた。
いずれにせよ
春見は行方不明状態
妻のサキエは何かを隠している様子
居酒屋「ちょうちん」の大将は
どこか怪しい感じがある
そして温泉「城の湯」でかかってきたドス黒い男からの脅迫電話
さすがに身の危険も感じた柿島は
警察に電話して事情を話した上で
現場に向かうことにした。
警察には現場には行かないよう忠告を受けたが
まさか行かないわけにはいかない。
柿島は忠告を無視して現場に向かった。
細かく警察に内容を伝えているので警察も約束の時間には現場の張り込みに来るはずだ。
そんな安心感も誘いつつ
柿島は現場に足を進めた。
もうすぐ約束の22時になる。
iPhoneの時間をしっかりと確認しながら
時が来るのを待った。
そして22時となった。
柿島はインターホンを鳴らした。
ピンポーン
ピンポーン
「入れ。」
あのドス黒い男の声が聞こえた。
柿島は玄関の取手に手をやり
ゆっくりと玄関を開けて
中に入った。
中は真っ暗だった。
電気一つ付いていない。
静かな暗い廊下をおそるおそる歩いた。
なんとか広い部屋に辿り着くと
柿島は止まった。
何か人の気配を感じる。
と次の瞬間、、、
「柿島か?」
あの電話口のドス黒い声だ。
「はい。柿島です。
春見さんはいますか?」
「春見なら無事だ。お前は春見を探しているのか?」
「探していると言いますか
今日の大事な商談に春見さんが
現れなかったので心配になっていただけです。特に親しい間柄でもないですし
そんな深入りするつもりもなかったんですが
なんか気になっちゃって。」
「もう春見とは関わるな。お前も
どうなるか分からないぞ。これ以上、あいつの行方などを追わないほうが良い。今度はお前の番になるぞ。」
柿島の身体は一瞬電撃が走ったかのように感じた。
何が起きているのか
春見はどんな大変なことに
巻き込まれてしまったのか
分からないのだが
とにかく春見が危険な状況に
陥っていることだけは
真実だろう
柿島は恐る恐る答えた。
「いや、私もあまり関わりたくないんです。
ただ、商談が途中でして、、
その商談を成立させないと職場での私の立場が
危ういものでして、、」
「ほぉー、、、そうだったのか。
それは面白いな。分かった、柿島。
お前にある宿題をやる。それを達成出来たら
春見の居場所を教えてやろう。」
ドス黒い男は
突然、そんな提案をしてきた。
「な、、なんですか?宿題って、、」
「耳を貸せ。」
ドス黒い男が柿島に近づいてきた。
ドカン
ドスン
バキン
バキン!!!!!
家中に大きな騒音が鳴り響いた。
暗闇の中でも
経験と勘で相手をねじ伏せることが出来る。
完全に相手の動きを止め
首を仕留めた。
もう、息が出来ない。
久しぶりに繰り出した柔道技。
高校時代、全国ベスト4まで登り詰めた
腕は衰えていない。
そう、柿島は力勝負では
負けない自信があった。
柿島は元アスリート
柔道家だった。。。
柔道家の柿島からすれば
ドス黒い男は素人も同然で
相手にならないレベルだった。
ただ、柿島はこの攻撃により
窮地に追い込まれてしまった。
警察はおそらく付近を張り込んでいる。
そこにこのドス黒い男を
仕留めてしまった柿島がいる。
間違いなく犯罪者は
柿島となってしまった。
どう逃げるか?
柿島は迷いに迷った。
このまま出頭して捕まるか。
もしくはこのまま家を脱出し
逃走を図るか。。。
考えた挙句
柿島は覚悟を決めた。
このまま逃げ切ろう。
暗闇の家の中で
柿島は歩みを始めた。
ただしこの家の中にいる
人間は確認しておきたい。
柿島は妻のサキエはいると確信していた。
「サキエさん!今日お伺いした
フューチャー・アソシエイツの柿島です。サキエさん!いらっしゃいますか?」
電気を付けた。
リビングらしき部屋には
ドス黒い男が横たわっているだけで
他に人は居ないようだ。
トイレのドアを開けた。
居た。
おそらく妻のサキエだ。
「サキエさんですか?」
サキエは小さく頷くが
震えてまともに柿島のほうを
見ることが出来ない。
「大丈夫です。私はあなたの味方です。」
柿島はそう言ったものの犯罪者は間違いなく柿島本人だ。
「逃げましょう。ここにいるのは危ない。警察もいずれ突入してきます。私に全てを話して下さい。一緒に逃げる為です。」
小さな声で柿島はサキエに伝えた。
攻撃はしないというのはサキエにも伝わったのだろう。
とりあえずはその言葉に応じてくれたようだ。
とりあえずリビングのイスに2人は座った。
「こいつは誰なんですか?」
「この人は古畑商事の
ミカミという人です。」
古畑商事?なんか聞いたことがある名前。。。
考えている隙にサキエは続けた。
「おそらく柿島さんもご存じかと思います。
というのも、古畑商事とヒューマン・アソシエイツは今回のコピー機の入札で競合となっている会社です。その担当者が柿島さんであり
この男、ミカミだからです。」
古畑商事、、、ミカミ、、、
思い出した。
いつも春見さんの横に居座って
行動していたあの男だ。
こいつがいたから
柿島は商談も順調に進めていけず
常に劣勢に立たされていた。
関係性としても出来上がっているミカミと
全く関係性が無い柿島とでは
レースが始まる前から着順が決定しているようなものだった。
あのミカミがこのドス黒い男の正体か、、、
柿島はミカミを仕留めた後にも
関わらず、憎しみが込み上げてきた。
「こいつは、、、あのミカミだったんですね。。。」
弱い声で柿島は言った。。。
「それでミカミはなぜ
春見さんに危害を加えようとしたんですか?」
「このミカミという男は
毎晩のようにうちを訪ねてきて
主人に契約を結ぶよう
懇願してきました。
そして毎晩のように主人を連れ出して、お酒の接待をしていたんです。」
「かなり親しくされているなとは
以前から感じていました。」
柿島も同意した。
「ある時、ミカミが主人を脅したようなんです。キャバクラで指名していた女との関係を妻の私にバラすぞ。と、、
その弱味を盾にかなり強く
脅してきていたようです。主人は
そういう脅しなどを1番嫌う人です。どんな脅しにも屈しないと
ミカミに言い放ち、ミカミの会社である古畑商事のコンプライアンス部に報告をすると逆に脅したようです。」
「私の知らないところでそんな壮絶な戦いをされていたんですね、、、」
単純にウマが合わないと諦めていた自分が恥ずかしくなった。
「あとはそのまま
その言葉にミカミは逆上して
主人への制裁を行動に移しました。
そして、この状況です。」
「で、、、春見さんは今どこに?」
「実は、、、これを、、、」
サキエは持っていた紙切れを
柿島に差し出した。
柿島は差し出された
紙切れを読んだ。
〃ちょうちんにいけ“
と書かれてある。
「奥さん、これは?」
「柿島さんが来たら
これを渡すように
ミカミから言われていました。」
そういうことか、、、
柿島は納得した。
「これはどういう意味ですか?」
サキエは柿島に聞いた。
「居酒屋ちょうちん。春見さんの
行きつけの居酒屋です。
ここの店主がおそらく春見さんの居場所を知っている。」
少し考えた後
柿島は動いた。
「奥さん、私はすぐに居酒屋ちょうちんに向かいます。奥さんはまだ
ここにいて下さい。」
「分かりました。気をつけて下さい。」
サキエの言葉に返事をすると
すぐに柿島は家を出た。
10月1日 22時50分
柿島が急いで玄関を出たその時だった。
「待て!」
大きな声が柿島の前で放たれた。
柿島の目の前を制したのは
警察官だった。
「ちょっと事情を聞きたい。署まで
来てもらおうか?」
まずい、このまま連行されてしまうと
明らかに犯罪を犯してしまったのは
自分となり刑務所行きだ。
更に今、春見さんを助けなければ
春見さんの身も危険だ。
柿島は意を決した。
素直に警察官に応じる態度を見せ
警察官が背中を見せた瞬間に
全力で逃げた。
居酒屋ちょうちんにさえ行けば
全ての謎が解ける。
そこまでだ。
そこまでなんとか行かせてくれ。
そう思いながら
坂道を懸命に下った。
警察官の呼び止める声が
響く中
夜の道を駆けて行った。
居酒屋ちょうちんの明かりが見えた。
柿島は店の中へ入った。
店員に席を促され座った。
ビールと柿ピーを頼んだ。
23時になる時間帯だが
店は大いに賑わっていた。
今日は金曜日だ。
繁忙期なのだろう。
特に何も起きない。
柿島は大将の元に進んだ。
「すみません、込み入ったことを伺いますが
ミカミという男からこの店に来るように言われまして、、」
大将は驚いた表情を見せた。
「ミカミ??あなたはなぜその名前を、、、」
柿島の顔を見た途端
大将は思い出したような素振りを見せた。
「あなたは先日もここに来て
春見さんのことを聞いてきましたよね?」
「そうです。春見さんとは大切な商談を
しておりまして、、春見さんを探しているんです。」
「それでミカミは今どこにいるんですか?」
大将は柿島に聞いた。
「それは言えません。あなたが知っている
秘密を教えてくれたら教えます。」
「脅迫ですか?」
「いいえ。交渉です。」
沈黙が流れた。
「ちょっと来て下さい。」
大将は奥の部屋へ柿島を呼んだ。
店員の控室のような部屋の
丸イスに大将は腰掛けた。
柿島が一息つこうとした瞬間
大将は座っていた丸イスを手に取り
柿島に向かって振りかざした。
鈍い音が3回ほどして
柿島はその場にぐったりと倒れ込んだ。
「これ以上、この話に関わっちゃいけねえんだよ。これで終わりだ。」
最後に大将は力いっぱいに丸イスを
柿島に目掛けて振りかざした。
居酒屋「ちょうちん」の大将は
柿島を仕留めた後
店を後にした。
警察官がちょうちんの前に立ちはだかる。
大将は警察官の前で直立する。
一瞬の間が緊張感を強める。
大将は小声で警察官に放った。
「にんむ、、、かんりょう」
警察官はニヤリと笑って
早足で店から離れていった。
大将も警察官と逆方向に歩いて行く。
10月1日 23時16分
冷たい夜風が熱海の街をすり抜けていく。
居酒屋の大将は
温泉「城の湯」にいた。
10月1日 23時32分
柿島を仕留めた興奮と疲れで
どうしても温泉に浸かりたかった。
温泉を出た後、和室で
整体師を呼び、マッサージを受けた。
ゆっくりとしていた矢先、
愛想の悪い女性店員が大将の元に
向かってきた。
「妻敷様ですか?
電話が入っています。出れますか?」
こんな時間に電話?
「誰からですか?」
「柿島と仰られていました。」
柿島、、、?
いや、まさかな、、、
「分かった。出るよ。」
妻敷は受話器を取った。
「はい、もしもし。」
「妻敷か。。春見の家に来い。25時丁度に
なったらチャイムを鳴らせ。来なければ
お前の大切な人間がどうなるか分からない。」
ガチャッ!!
電話が切れた。
受話器を持つ妻敷の手はブルブルと震えている。
だれだ、、、、
だれが仕掛けている、、、
妻敷は想像が出来なかった。
混乱する中で
妻敷は一つのことだけは確実に
理解していた。
そう、大切な人とは
あの人であることを。
妻敷は確信していた。
10月2日 0時25分
10月2日 1時丁度になった。
妻敷は春見の家の玄関に立ち
チャイムを鳴らした。
ピンポーン
ピンポーン
深夜の路地に
きれいな音が鳴り響く
「はいれ」
静かな声が聞こえた。
中は真っ暗だ。
妻敷はゆっくりと歩を進めた。
広い部屋に入ったようだったが
何の音もなく
反応も無い。
妻敷は階段を登った。
2階の部屋らしきところに
入ってみた。
ドアを開けたが
人の気配を感じない。
真っ暗だ。
後ろからいつ襲われてもおかしくない。
緊張感を走らせながら
次の部屋のドアを開けた。
はっ、、、、
妻敷は人の気配を感じた。
「ようこそ、、つましきさん。」
男の声が聞こえた。
ただ、妻敷には誰か分からない。
真っ暗で顔も見えない。
「だ、、、だれだ、、」
震える声で妻敷は囁いた。
「おれか?おれはお前から
ひどいことをされていた人間だよ。
分かるか?」
妻敷は身に覚えは無かった。
おれが何かひどいことを??
何をしたんだ、、
妻敷は記憶を遡るが
見当がつかなかった。
「そうか、思い当たる節が無いのか、、
そうか、そうか、、そうだよな、、、」
男の声も笑っているのか泣いているのか
分からないくらい
震える口ぶりだった。
「おまえには
おまえには
おまえにはもう用はない!!!!!」
家中に響き渡る声で
何か鈍器のようなものを
振りかざした男は
妻敷を目掛けて
振り抜いた。。。。
その場に妻敷は倒れ込んだ。
妻敷はぐったりとその場にうずくまった
妻敷を沈めた男は
肩で息をしながら
はーっはーっと
荒い呼吸をした。
暗闇の中で
任務を終えたこの男は
隣の部屋のドアを開けて
電気を付けた。
パッと明るくなった6帖の洋室に
いたのはサキエとサキエの幼い子だった。
「誰を、、誰をやったの??」
震えながらサキエはその男に問いただした。
「お前には関係無いだろう?」
男はサキエを見下すように言った。
「誰なの?誰をやったの?」
サキエは分かっていた。
涙が溢れ、言葉にならない言葉で
また聞いた。
「お前のことを1番
大切にしてくれた人、、、
そう、つましきだよ。」
サキエはその場で崩れ落ちた。
これ以上泣けないというくらいの
表情で泣き崩れた。
「お前の大切な
大切な
浮気相手だったもんな。
悲しいだろう。
旦那の春見に内緒で
愛を育んできたんだもんな。」
おーおーと無くサキエ。
幼い子供もつられるように泣き始めた。
「おれが妻敷をどれだけ憎んでいたか
知ってたよな。
あいつはおれが築き上げた春見とのビジネスでの関係性を無惨にも切り裂いた男だ。
もうちょっとで、、、もうちょっとで
契約までねじ込めたのに
あいつが言われの無いおれの噂を
春見に吹き込み
おれの信用をガタ落ちさせた。
憎んでも憎んでも
まだ足りないほどあいつが憎いんだよ!」
「違う!!妻敷さんは違う!
あなたの噂を春見に吹き込んだりしていない!
妻敷さんの居酒屋の経営が苦しかったときに
春見に借金を申し出た。
その時に春見は一度妻敷さんを助けたの。
お金を用意したの。
春見の会社、前山工業のお金を着服してまで。
でも、居酒屋の経営が回復してその借金を返そうとした時に
春見はこともあろうことか
法外の利息を妻敷さんに要求した。
その利息の指示を春見に出していたのは
あなた、
ミカミさん、、、
あなたじゃないですか!!!!」
この男の正体はミカミだった。
「だからと言っておれの過去のあることないことを周りに言いふらしていいわけがない!!!
つましきはおれをはめたんだよ!!」
ミカミは大声でサキエの声を制して
階段を降りて、外に出て行った。
10月2日 1時24分
春見宅に残るのは
サキエとその幼い子の
2人だけ。。。
春見の家を飛び出したミカミは
悟っていた。
もう、この一連の事件は終わらせないと
いけない。
これ以上、逃げ続けても
自分の身にどんな危険が及ぶか
分からない。
いろいろな人の人生が狂ってしまっている。
もうだめだ。。。
ここで終わらせよう。
ミカミの向かった場所は
夜中の路地に小さく佇む派出所だった。
中を除くと1人の警察官が座っている。
ミカミはドアを開けた。
「ミカミという者です。ある事件に関わってしまい、自白に来ました。」
警察官は黙ってミカミのほうを見た。
沈黙が続く。
ミカミはどうしたことかと
もう一度話そうとした。
「あの、、、」
「ミカミ、、、さん、、おれが誰だか分かりますか?」
警察官は言った。
「えっ、、誰って、、警察の、、、」
次の瞬間、ミカミの顔は青ざめた。。。
「元気ですか???ミカミさん。。。」
微笑みながら言い放つその警察官の正体は
春見だった。。。
「は、、、はるみさん、、、」
ミカミはその顔を見て驚いた。
「どうしましたか?こんな夜中に。」
警察官の格好をした春見は立ち上がった。
「春見さん、、なぜそんな格好を、、、」
「あー、これですか?ちょっと知り合いの警察に協力してもらったんですよ。」
「なぜ、、、なぜそんなことを。。。」
「さあ、なんでですかねー?
まあ、一つ言えるとしたら、、、」
春見は真っ直ぐにミカミのほうに目を向けた。
「あなたを許せないから、、、かな。。。」
春見は持っていた銃をミカミに向けた。
「ま、、待ってくれ、なぜだ、、、
なぜおれのことを、、、」
「あなたの秘密は全て、、、
妻敷さんに聞きました。
あなた、私に近付いて
いろいろ会社の情報を入手しましたよね?」
ミカミはごくりと唾を飲んだ。
「なぜそこまでして今回の契約を取りたかったのか?
妻敷さんの言葉を聞いて全てが繋がりました。」
真夜中の静かな町に一瞬の冷たい風が吹き抜ける。
「あなたは、、いや、あなたの会社である
古畑商事は、、、
私の会社、前山工業を買収するつもりですよね?」
微笑みながら春見はミカミに言い放った。
「いや、、、そんなことは、、
そんなことは無い、、、
妻敷の虚言だ、、、
そんなことは絶対に無い!!」
「どんな手を使ってもこの契約を取ろうとした。あるゆる手を使って、契約窓口である
私に取り込んできた。。
私を脅してまで、、、、
そんなことして、私が許すと思いますか?」
「ま、、、待ってくれ、、、
この通りだ、、、春見さん、、
許してくれ、全て謝る、、、」
「もう、遅すぎます。。」
春見はミカミに向けた銃の引き金を引いた。
「それでは、、、」
春見が小さく呟いた。。。
次の瞬間、、、
「やめろっ!!」
ガシャン
ガシャン
ドスーン!!!!
向かってきた男に春見はタックルをされ
その場に倒れ込んだ。
銃を持つ手は封じ込められ
仰向けの春見に対して
首も締めつけられた。
暴れる春見だったが
技を仕掛けられた後は
ビクともせず
完全に封じ込められてしまった。
春見の暴挙を制したのは
そう、、、
柔道家の顔も持つ柿島だった。
「柿島!!!!」
ミカミは叫んだ。
そして、そのままミカミは猛然と
その場を逃げ去った。
春見を封じ込めた柿島は
ピクリとも抵抗出来ない春見に
言った。
「もう、やめて下さい、、春見さん
もう終わりにしましょう。。
許せないのは分かります、、、
でもこれは誰かがやめないと
ずっと続いてしまいます、、、」
首と手を締め付けられ
更に力を増していく
柿島の力に
春見は力及ばず
銃も手からこぼれ落ちた。。。
「さあ、、、
本当の警察に行きましょう、、、」
小さく春見は呟いた。
10月2日 午前1時55分
一連の事件は解決した。
警察の捜査により
春見、ミカミの2人は
この事件の首謀者として
逮捕された。
そして春見の容疑に協力した
本物の警察官も1人、逮捕に至った。
妻敷と柿島については
一部暴力による過失はあったものの
被害者としての立場が認められ
逮捕は免れた。
事件解決から数日後
柿島に1本の電話が入った。
春見の妻、サキエからだった。
「柿島さん、この度は主人が大変な
ご迷惑をお掛け致しました。
主人とはこれできっぱりと
別れることに致しました。
それで、、、なのですが、、」
サキエからあるお願いを頼まれた。
柿島は半信半疑ながら
そのお願いを快諾した。
数日後
柿島は熱海駅近くの
マクドナルドで朝食を取っている。
あの事件の日もそうだったなと
柿島は懐かしんだ。
10:30に来てほしいと言われ
前山工業を訪れることになっている。
先日サキエから頼まれたのは
このことだ。
誰と会うのかも詳しくは聞いていない。
もうあんな事件だけは
こりごりだ。
柿島はそんな思いにふけながら
ブラックコーヒーと
ハッシュドポテトを口にした。
約束の時間に
前山工業の受付に到着した。
「本日、約束をしている
フューチャー・アソシエイツの
柿島と申します。」
「お待ちしておりました。柿島様ですね。
どうぞ。」
以前対応してくれた受付の女性だった。
応接に通された。
柿島が部屋に入ると
長身で
いかにも紳士的な中年男性が
柿島を見るやいなや
立ち上がり
満面の笑顔で迎えてくれた。
「よく来てくれました。
その節はいろいろとご迷惑をお掛けしてしまい
大変失礼致しました。
娘のサキエから
柿島さんのことは伺っております。
前山工業の代表の
前山です。」
「サキエさんの、、お、おとうさま、、」
柿島は呆気に取られた。
求められた握手を
握り返し
柿島は、呆然としながらも
言葉にならない言葉と共に
会釈を繰り返した。。。
〜完結〜