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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

コクハクの向こう

作者: はやはや

 私は波長が合う人に対して男女問わず好意を抱く。そのことに気づいたのは最近だ。


 私の初恋は小学五年生の時。

 当時の私は恋とは思っていなかったけれど、二十年近く経った今、あれは恋だったのだろうなと思う。


 相手は里季さときという女の子だった。私の知らない世界を知っていて、里季と一緒にいれば、大人になれる! と確信した。



 里季には好きな男の子がいた。同じクラスの岡田君。お調子者でクラスのムードメーカーだった。

 里季が男の子を好きなら、私も同じように好きな男の子を作ろうと思った。里季がしていることと同じことをしていれば、間違いないと思っていた。


 だから、同じクラスの藤井君を好きになることにした。藤井君は頭がよくてサッカークラブに入っていた。私立中学を受験するという噂も聞いていた。

 藤井君を好きになることにしたけれど、別に藤井君じゃなくてもよかった。

「好きな子いる?」という話題になった時、名前をあげてもみんなから「わかる」「確かにかっこいいよね」と言われるような存在が藤井君だったのだ。



 ⁂


 中学に入ってからも私は心の片隅で里季のことを思っていた。残念ながら三年間、里季とは同じクラスになれなかった。中学に入ってから仲良くなった子もいたけれど、里季と出会った時のようにぴたっと波長が合う子には出会えなかった。友達という名のただ行動を共にする人。



 中学三年生の時、同じクラスの男子に一目惚れした。他人に興味がない私は彼の存在を二学期に入ってから知った。一番後ろの席だった彼が後ろから順番にプリントを回収していた時。初めて彼の顔を見た。


 可愛げのある整った顔立ち。なぜか私はアヒルを連想した。そして、胸がずどんと音を立てるのがわかった。里季と仲良くなったあの時に似ていた。



――好き という言葉はこの気持ちを表すためにあるんだ! と思った。


 もちろん、彼には思いは伝えていない。同じ教室という空間にいるだけで幸せだった。



 ⁂


 高校に入り友達ができた。オタク系の趣味の話が合う子。愛美あいみだった。彼女とも波長が合った。好きだなと思った。

 愛美と私は約束した訳ではないのに同じ大学に進学した。講義の空き時間にカフェテリアでジュースを飲みながら「二人暮らししてみたいね」なんて話していた。


 でも、それがただの空想だとわかっていた。それでも愛美も私も馬鹿みたいに「住むならこんな間取りかな」とか「古くていいから家賃が安いところがいいよね」なんて言い合っていた。理想の間取り図をルーズリーフに書きながら。


 愛美は合コンで出会った別の大学の人と付き合い始めた。愛美のことが好きだけど、嫉妬とか裏切られたとかそんな気持ちは芽生えなかった。そもそも友情以上の好意を抱いているのは私の方だけなのだ。

 だから好きな愛美が幸せになるのが嬉しい。そんな気持ちだった。

 私も何度か合コンに参加したことがあるけれど、一人だけ違う場所にいるような居心地の悪さを味わっていた。

 私は他人を好きになるというベクトルが、みんなと違う方向を向いてのかもしれない。何となくそう思うようになっていた。



 ⁂


 社会人になって十年経った頃、ある男性を好きになった。うちの会社に出入りしているドライバーの人だ。私より六つ年上。久しぶりにぴたっと波長が合うのがわかった。


 同僚が仲介してくれて二人で何回か出かけたり食事をしたりした。彼の醸し出す雰囲気、優しい声、話し方。全てが私の好意の琴線に触れる。

 彼の方から連絡をくれることも多く、私は「もしかして、彼氏ができるのでは?」と思った。

 そう思った時、中学で一目惚れした彼のことを思い出した。胸がずどんと音を立てるあの感覚。


 好きだ。彼のことが好きだ。




 結果として彼が彼氏になることはなかった。

 私の好意を察知するや否や、彼は手のひらを返したように距離を取り始めた。

 愕然とした。ようやく好きになる人を見つけたのに。これから先、誰かを好きになんてなれるだろうか。



 ⁂


 今、私には好意をよせる人がいる。


 先月異動してきた田中さんだ。私より四つ年上。どんな時でも太陽な笑顔で周りを包み、仕事中に話しかけられたら必ず手を止め、相手の目を見て話を聞いてくれる。仕事で行き詰まると的確なアドバイスをくれる。


 彼女の佇まいを見ていると私も彼女のようになりたいと思う。彼女の一番近くにいたいと。


 多様性――という言葉。それに私は背中を押されて彼女に思いを伝えることにした。そうすることで、これまでの彼女とのいい関係が崩れてしまうかもしれない、と思ったけれど彼女なら私の告白を聞いても蔑んだり、気持ち悪がったりすることはないだろうとも思った。



 ⁂


「ちょっとお話したいことがあるんですけど、仕事の後、お時間いただける日ありますか?」


 私は勇気を出して彼女に訊いた。


「うん。今日でもいいよ」


 夏の日差しにも負けない向日葵のような明るい笑顔で彼女が言った。


 駅前にあるカフェに入った。

 学生や仕事帰りの人で意外と混んでいた。ざわざわした雰囲気にほっとした。私の告白が後味の悪いものになっても、このざわざわに紛れてくれるだろうから。


 それぞれ飲み物を注文し席についた。しばらくは仕事の話や雑談をする。


「話したいことあるって言ってたよね?」


 彼女が口火を切ってくれた。その刹那、全身に緊張が走る。もしかしたら全てを失うかもしれない。でも、伝えたい。

 彼女の瞳はその人柄が現れるように澄んでいた。

 大丈夫。私は口を開いた。


「……田中さんのことが好きなんです。先輩としてというのではなく、好意を持っています……」


 さすがに田中さんの顔を見て告白はできず、私の視線は田中さんが羽織っている深緑色のカーディガンの上から二番目の小さなボタンを見つめていた。

 しばし静寂が流れる。店内の喧騒がその瞬間は消えていた。



「ありがとう。きっとすごく勇気いったよね。さっきの告白」


 いつもと変わらない穏やかな田中さんの声が聞こえて私は顔を上げた。彼女は目を細めて柔らかな笑みをたたえていた。

 その表情を見ただけで私はもう十分だと思った。


「私も鈴野すずのさんのこと好きだよ。といってもそれは人として。だから、正直に言うと好意には応えられないけれど、でも、鈴野さんのことは大切に思ってる」


 田中さんはテーブルに乗せていた私の両手の甲に、自分の手のひらを重ねた。しっとりとした温かみがゆっくり伝わってくる。


「ありがとうございます」


 不意に涙が溢れた。拒絶されなかったという安堵感からくる涙だった。突然、涙を流し始めた私に対して田中さんは言った。


「大事なこと伝えてくれてありがとう」


 私は涙を拭いながら思う。彼女を好きになれてよかった。

読んでいただき、ありがとうございました。

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