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私だけのもの

 数年前、俺は借金が理由で親から勘当された。

 日頃の生活態度が悪かったせいで、誰も手を貸してはくれず、俺は生きるために犯罪スレスレのことをやるしかなかった。

 俺は学なんてものは持ってなかったし、普通の人のように正当な手順を踏んで仕事を探すという考えは全く思いつかなかった。

 ただただ、金が欲しかった。


 ある日、俺は仕事先で一人の女と出会った。

 ソイツは学があるのに男に恵まれなかったせいで、最底辺に叩き落とされたと仕事先の先輩は言っていた。

  一生懸命汗水垂らして稼いだ金を自身より何倍もの背丈の男に毟り取られている姿を俺は少し哀れんでしまった。

 ……それが終わりの始まりだった。


 別の日、路地裏で煙草を吹かしていると女が隣に寄ってきた。

 長い髪をゴムで束ね、ぴっちりとしたスーツを着た彼女は慣れない手つきで煙草に火をつけた。


「アンタみたいな女も煙草は吸うんだな」


「……私だって気を休めたいときはあるんです」


 ……そう言う割には慣れてなさそうだけどな。

 女、宮原日菜子は何を考えたのか、どうして自分がこの世界に来たのかを語り始めた。

 顔の良い男に騙されて事業に乗ったが軌道に乗ったところで金を持ち逃げされて挙句の果てには借金の肩代わりに売られたらしい。


「大変だったんだな、色々と」


 余りの運の無さに俺はつい慰めるような言葉をかけた。

 すると、宮原はまさか俺から同情されるとは思ってなかったのか、意外そうな顔をした。


「私があの人の裏の顔を早めに知っておけば良かっただけの事ですよ、私の運が悪かった」


「誰か助けてくれる人はいなかったのか?」


「いません……生まれたときから私はずっと一人ぼっちだったので」


 俺は何を考えていたのだろうか、ただでさえ自分の事で精一杯だったのに宮原の事を放っておく事は出来なかった。

 このまま知らんぷりをしていたら、コイツは消えて無くなりそうに見えたからだ。



「俺と一緒にここから逃げ出さないか?」



 宮原と一緒に俺は裏の世界から逃げ出すことを決意した。



 彼女は頭の良い女だ。

 俺が他人より優れた容姿をしていると気づいた彼女はまず俺にインターネットと配信用のカメラを用意した。

 道具を用意した後、有名ユーチューベー、ゲーム実況者、ティックサッカーの動画や生配信を見させて俺に感想を求めさせた。

 俺に彼らの良いところ、悪いところ、改善すべき点をそれぞれ考えさせた後、それらを踏まえて自分の物にしろと宮原は言った。

 最初はそんな上手くはいかないだろうと考えていたが、宮原が今のトレンドを入れてくれるおかげで俺は次第にトップスターの仲間入りのチケットを手に入れていた。


 気づけば俺は誰もが憧れる人間になり、俺を哀れんでいた人間は皆、頭を垂れるようになっていた。

 アイツもソイツもコイツも、札束をチラつかせたら目の色を変えて馬車馬の如く働いてくれる。

 とても気分が良かった。

 俺というビックネームの元で働ける有難みを知ればいい。



「テレビ出演ばかり優先して動画や配信はどうするつもりなの? 皆、貴方が作るコンテンツを待ってるのよ」


「あー、いいよ。声だけ入れてあとはAIに適当に自画像作らせて喋らせとけ。どうせ、わかりゃあしないんだから」


 技術が進化したこともあり、わざわざ配信や動画に出る意味も無くなった。


「.....そう、わかった。藤くんが良いならそれで良いよ、ただ周りの人間はそこまでバカじゃないからね」


 宮原のプロデュースが無くても俺は二年も食い繋げてきた。

 もうそろそろ潮時かもしれない。

 アイツには悪いが俺にはビックになるという夢があるのだから。




 翌日、俺は彼女の言うことを聞いとけば良かったと後悔する。

 各テレビ局のニュース番組にはやった記憶のない不祥事が取り上げられ、SNSには俺そっくりの人間が恫喝している動画が拡散されていた。

 いくらAI技術が発展したからといって、ここまでの不祥事が出てくるのは可笑しい。

 宮原の教え通りに俺は今まで動いてきたんだ、こんな事態に陥るのは間違ってる。


「宮原.....宮原.....」


 宮原にいくら電話をかけても一向に繋がる気配はない。

 鳴り響くインターホン、鳴り止まない誹謗中傷。

 俺は一体どこで道を間違えたのだろうか。


「だから言ったじゃない。最初から私の言うことさえ聞いとけば良かったのにね」


「宮原、お前何処にいたんだよ.....!!」



「ずっと藤くんの家にいたよ。藤くんが寝た後にスタッフの皆で藤くんのフェイク画像を作ってありもしない不祥事をでっち上げたんだ」


「何で、何でそんなことを.....!」


「だって藤くん、この二年間でスタッフの人たちに一言でもありがとうって言った覚えある?」


 .....俺は何も言い返せなかった。

 宮原の言う通り、俺はスタッフをまるで奴隷のように働かせて休みも与えずにいた。

 一言もありがとうなんて言葉は言っていなかった。


「ありがとう、その一言すら言えない人間に.....明日なんてものは来ないよ。.....でもまだ藤くんならやり直せる」


「藤くんはカリスマだけはあるんだから、今後は私だけの言うことさえ聞いてくれるならこの状況、治めてあげてもいいよ」


 まるで小さい小さい子供に言い聞かせるように宮原は俺の目をじっと見ていた。

 最初に出会ったころの優しかった彼女はどこにいたのかと、ふと疑問に思ったが今はどうでもいい。

 俺はビックにならなきゃいけないんだ、こんなところで躓く訳にはいかない。

 だから俺は.....宮原の手を取ることにした。

 彼女がいなければ俺は有名になんてなれなかったのだから。



「.....本当、男ってチョロい」

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