悪女にしてやろう
「さて、もう檻に入る時間だ。せいぜい愛する両親と今生の別れを惜しむんだな。しくじったお前を、あの連中が慰めてくれるかは大いに疑問だけど」
女の看守たちが、イカレ女の両肩をつかんで、連れて行こうとする。だが、イカレ女は肩をふるって、それを拒んだ。
「こんなことして、ただでは済まないわよ!きっとみんなが助けに来てくれるんだから!!後で吠え面かかせてやる!!」
この期に及んで、まだ助かると思っているらしい。イカレ女は、目をギラギラさせて叫んだ。
「誰だよ、みんなって。…騎士団長の息子も、宰相の息子も、枢機卿の甥も、金持ち男爵の孫息子も、共有便所にすぎないお前なんか、助けに来るわけないだろう。それとも、お前にしか見えないお友達でもいるのかよ」
俺は皮肉を言った。
「は?共有便所?…何言ってんのよ!愛されヒロインのこの私に向かって!」
現実を受け入れていないイカレ女に、俺は親切にも真実を話してやることにした。
「だって、あいつらにお前の相手をしてやってくれって、俺が王太子として『お願い』したんだよ。『なんだったら寝ても構わない。子供ができたとしても騒がれないよう、こっちで処理しておくから』って。…そもそもよく考えてみろよ。あれだけ公然とベタベタして、なんであいつらの婚約者が、文句の一つも言ってこなかったんだ?嫌がらせもしてこなかったんだ?『公爵令嬢として、恥ずかしいことはするな』って、母親に呪いのように言い聞かされてきたジルはともかくとして」
王立学園で、この女が見境なしに色目を使っているのを知った時、俺は利用してやることを思いついた。
こいつを悪女にしてやろう、と。
何人もの男を侍らせ、王国乗っ取りのために、王太子をも毒牙にかけようとした悪女。ならば、処刑されても誰も哀れみなどかけない。疑問にも思わない。
最初、イカレ女の相手をする男など、一人もいなかった。下手に関わって、子供ができた、責任をとれ、などと騒がれるのは誰だって嫌だろうから。
だから、俺は貴族令息達に「お願い」をした。適当に相手をしてやってくれと。そのせいで、何人か婚約者とギクシャクしてしまった男がいたので、その度に俺が仲裁に入った。
―全部僕が頼んだことなんだ。本当に済まない。だけど、すべてはジルのためなんだ。
そう言えば、完全には納得しない婚約者の令嬢もいたが、まず許してもらえた。異母妹に圧力をかけ続けられている、ジルに同情する向きもあったのだろう。
とにかく、俺はイカレ女に「自分はあらゆる男に愛されている」という妄想を信じ込ませることに成功した。メディナ帝国皇太子、マフムートにだけはさすがに協力を頼めなかったが。
「う、嘘よ!嘘よ!!そんなわけないじゃない!私はマフ様以外の全ルートを攻略したのよ!あと一歩で逆ハーエンドなのよ!だって、だって、そうじゃなきゃ私って…」
「ただの、いろんな男に体を弄ばれた馬鹿女だな」
イカレ女の叫びに、俺は断言した。
俺がジルを「殺した」理由、その二は、「イカレ女を悪女にし、両親ともども処刑する大義名分を手に入れるため」。
だって、「子供ができた」なんて、イカレ女の妄言だ、気にすることはない、と言われてしまえば、それでお終い。公爵領の餓死者の件も、クソ以下の公爵の一人のせいにされてしまう。イカレ女とその母親を罪に問うことは難しい。
グルになって、ジルを殺すように王太子を唆した。この「事実」があって初めて、この女と両親を一緒くたに始末することができるというわけだ。
悲劇の公爵令嬢、ジル・トゥールーズには同情が集まるだろう。間違いなく、列聖される。
まあ、ジル・クルパン子爵令嬢となり、四日後にはジル・ナルボンヌ辺境伯爵夫人となる予定の、こいつには関係のない話だけど。
俺の腕の中にいる婚約者を見つめて、俺は笑みを浮かべた。
乙女ゲームの主人公、実際はこんな感じで弄ばれてますよね。