ふざけてないよ
すみません。今日は一章だけ投稿します。
「もういいぞ。入ってきてくれ。罪人をもう一人、向こうの檻にぶち込め」
ずっと無言でやり取りを聞いていたニコの背後に向かって、俺は声をかけた。
すぐさま女の看守が二人入ってきて、イカレ女の両腕を後ろ手に縛る。
「ちょっと!何するのよ!この無礼者!痛い!痛い!痛い!」
「何って、罪人の捕縛に決まっているだろ」
俺はわざと、とぼけた口調で言った。
「は!?罪人はその女でしょ!私とお母様を、醜い嫉妬に駆られて、毒殺しようとしたのよ!」
「へえ。それが本当なら、よくやったって、ご褒美にジルの好きな、市井のシフォンケーキをお忍びで買って、二人きりでお茶会をしているところだな」
俺はにっこりと笑った。
「ふ、ふざけるな!私のお腹には、あんたの子がいるのよ!よくも、そんなひどいことが…」
「いるわけないだろ。そんなもの」
俺のあきれ声に、イカレ女がびくりと反応した。
「な…。何を言っているのよ。ちゃんといるわよ!お医者様の診断書だって、あんたに見せて…」
「ああ、あれか。貴族御用達の、闇の堕胎医の署名が入った診断書な。権力づくで書かせた偽の」
「はあ?そんな…そんなわけないわよ!だってお母様が、一番信用できる方に頼んだって…」
激昂したイカレ女が、だんだん尻すぼみになっていく。ようやっと、重大なことに気づいたらしい。
「へえ。お前の母親は、数多くいる産婦人科医の中で、堕胎医を一番信用しているってわけだ。…これってもしかして、お前の母親も何度か利用しているってことじゃないのか?その子潰しの医者を。…お前、もしかしたら、あのクソ以下の公爵の種じゃないのかもな。ジルとは似ても似つかないしなあ」
嫌味たらしく、俺は告げた。
「い、いい加減にしなさいよ!そんなことを言って、現実から目を逸らさないでよ!このお腹には、確実に、あんたの子がいるのよ!父親になる覚悟を…」
「あーっはっはっは!」
イカレ女の言葉に、俺はとうとう笑い出してしまった。現実から逃げまくっている奴に、『目を逸らすな』とか言われるとは。いや、まずい。ジルが流石に起き出してしまうかもしれない。
様子を窺うと、ジルは相変わらず、小さな寝息を立ていた。良かった。こんな下らないやり取り、ジルには見られたくない。
「ちょっ…。何なの!大事な話をしているのよ!急に笑い出したり、そんな女の様子を気にしたり!それに、この私を縛り上げさせるなんて、どういうつもりよ!いったい私を何だと思って…」
「ただの汚い犬」
平らな声で俺は言った。
「は?」
「ただの汚い犬。俺の子ができたなんて、大噓ついてジルを殺させようとした、頭のおかしなただの害獣」
イカレ女の顔が真っ青になり、喘ぐように呟いた。
「ふざけるな…」
「ふざけてないよ」
俺は至極真面目に答えた。
「ふざけるなああああ!」
今度は真っ赤な顔になり、イカレ女が牢獄中に響くような大声で吼えた。
「おーい。静かにしろよ。ジルが起きてしまうだろ」
「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるなあ!ヒロインよ!この私は!あんたなんか、私が王太子ルートを選ばなければ、何の意味もない存在なのよ!今すぐ、この縄をほどきなさい!一発殴って、立場の違いを判らせてやるわ!」
ふーっ、ふーっとケダモノのように息を荒くさせたイカレ女に、俺も、ニコも、女の看守たちも、ぽかんとしてしまった。
本当にこいつ、公爵家の人間なのだろうか?貴族の令嬢なのだろうか?教養どころか、一般常識もないのかもしれない。いや、そもそも最初からイカレていたか。
「…あのさ。自分の立場分かってないの、お前だよ。俺の子を授かったなんて大噓ついてる時点で、国家反逆罪が成立するって、分かってないのか?」
「はあ!?何よそれ!」
血がのぼった状態の、イカレ女は、怒鳴り声を張り上げた。
「だから、王位継承権のある子供ができた、つまり王族の生母になるなんて大嘘、現在の王家に取って代わろうって宣言に他ならないんだよ?」
「え」
いや、「え」じゃないだろ。今更、顔色が白くなってきてるし。
「まあ、そういうわけだから。とっ捕まえた両親ともども、明日の朝の処刑に備えて、早く休んでね」
俺はにこにこしながら言った。