くだらない
「が、害獣…。ふ、ふざけるな!私の純潔と想いを踏みにじったってわけ!?ヒロインのこの私を利用したの!?」
イカレ女が顔を真っ赤にして、鉄格子にしがみつき、喚く。
「何を言っているんだ。先に利用しようとしてきたのはそっちだろ。『王太子のテオドール』というブランドを、王太子妃になるためだけに欲したんだろ。俺が好きなわけではなく。…それに、利用されるのは、道具扱いされるのは、もう慣れっこのはずじゃないのか?誰からも愛されていないヒロイン様?」
俺の冷笑に、イカレ女は一瞬、唖然とした。
「なっ!?そんなわけないでしょ!何を訳の分からないことを言っているのよ!私は、公爵と男爵令嬢という身分差を乗り越えて結ばれた恋人達の、愛の結晶よ!王立学園の令息達や男性教師達からの愛を一身に集める、美の女神よ!皆から愛されてかしずかれて当然の存在、ヒロインよ!」
本気で頭が痛くなってきた。こんな気の狂った女の隣を歩いていた自分を、抹消したい。
「お前、なぜ自分の母親が、あのクソ以下の公爵の一番の妾になったか、考えたことないだろ」
「クソ以下とは何よ!クソ以下とは!ヒロインの私のお父様に向かってよくも!…お父様がお母様の手を取って、共に生きようと決意されたのは、私によく似た、お母様の美しさゆえに決まっているでしょう!」
「違う。お前の母親の身分ゆえだ。トゥールーズ前公爵夫人、ジルの実母に対する当てつけだよ。彼女は筆頭公爵家、アンジュー家の出身だ。貴族の序列で最も位の低い男爵の娘を、一番でかい別宅に住まわせたのは、『お前は貴族として最高の地位にいるが、女として男爵令嬢なんかに負けたんだ』っていうただの嫌がらせなんだよ。大体あのクソ以下、お前の母親の他に何人の妾を囲っていると思ってんだ?」
あの男は、正妻にトゥールーズ公爵家の実権を奪われたと逆恨みしている。実際は領地改革に乗り出した正妻に、古くからの家人たちが従っただけだ。あの男は、無能で放蕩者の自分が切り捨てられたという現実を、受け入れることができなかったらしい。そして正妻の死後、実子のジルに対し色々とうっぷん晴らしを始めた。挙句の果てには、王太子の婚約者の地位まで、かつて妾だった後妻の娘に取って代わらせようと。
くだらない。
奴は、ジルと同じ海色の瞳を持つ、それなりに整った容姿の男だが、恨みがましい、身勝手なクズだ。
王宮で、奴の屋敷で顔を合わせるたびに、俺は嫌悪と軽蔑の感情を必死に押し殺していた。
大切な目的のために。
イカレ女は、「そんなわけないでしょ!」と怒鳴り声を上げた。
「私のお父様とお母様は、お互いを慈しみあっているのよ!だってヒロインの生まれは、そういう設定だもの!」
俺は、鼻の先で笑った。
「慈しみ?そんな高次な感情が、害獣にあったとは驚きだな。なら何故、あの後妻は、方々で夫や娘に恥をかかせるような真似をするんだ?『私はトゥールーズ公爵夫人よ。次の次の国王陛下の外祖母になる女よ』と喚き散らして、無理矢理つけで買い物、いや、強奪を繰り返していることを知らないわけじゃないだろ?」
「はあ?それのどこが恥なのよ!?私はゆくゆくは王妃に、国母になるのよ?お母様は、その母よ?国母の母なら、欲しいものはすべて手に入って、当然でしょう!」
どこをどう手を抜いたら、こんなとんでもない気狂いが育つんだ?俺は怖くなってきた。
「…まだ、王太子妃になれるつもりか?なれたとしても、虚しくはないのか?お前は、あの両親のくだらない復讐心と、汚らしい虚栄心のために、その誇大妄想を利用されただけだ。愛されてはいないんだぞ」
「違うわよ!絶対に私は愛されているのよ!その悪役令嬢なんかとは、違うのよ!」
俺の蔑みの視線にもめげず、イカレ女が叫ぶ。こともあろうに、俺の腕の中のジルに指を突きつけて。
もういい。こんな奴とこれ以上、同じ部屋の空気を吸いたくなどない。
「そうか。なら今から確かめてみるといい。両親に直接、同じ檻の中でな」
「は?」
俺の言葉の意味が分からないらしい。イカレ女が間の抜けた声を出した。
次からギャフン展開です。