馬鹿じゃないのか
頑張って、あげました。よかったら、読んでください。
「何でよ…。どうして、そんなことをするのよ!?」
ジルの異母妹が喚いた。
「仕方がないだろ。メディナ帝国皇太子、マフムート殿下が、俺との婚約を解消させて、ジルを正妃に迎えさせてほしいと、内々に父王に申し入れてきたんだから」
「な!そんな馬鹿なこと…。嘘よ!ヒロインの私じゃなく、悪役令嬢が攻略対象のマフ様に愛されるなんて!」
出たよ。自分が『ヒロイン』だっていう、イカレ女の誇大妄想が。よく、こんなのを相手にできたな。我ながら、おぞましいわ。
「よく許可もなく、他国の皇太子殿下を愛称で呼べるよな。王立学園でそれをやって、マフムート殿下に『話しかけないでくださイ。あなたのような無礼な女性は好きではありませン。これが留学生に対する、貴国の礼儀ですカ?』って大勢の前で拒絶されていたじゃないか」
「う、うるさいわね!あれはただのバグよ!だって、ゲームでは留学生だからって、周りから浮いていたマフ様に、気さくに声をかけるのが、最初の攻略方法だったんだから!そして私に好意
を持ち、やがて愛に変わるのよ!」
やっぱり、頭のおかしい女とは、同じ空気を吸うのすら、不快だ。
「下心丸出しの奴なんて、誰だって拒絶するだろ。その点、ジルはお前とは違うからな。成り上がりの新興国の皇太子だからって、周りから内心侮られているマフムート殿下に、本気で同情してしまって、いろいろと世話を焼いてやっていたんだから。もちろんお前と違って、こっそりとだけど」
ジルは、自分の家での立場、国での立場をわきまえていたのだろう。言葉や慣習の壁にぶち当たり、学業が振るわなくなったマフムートに、語学の本だの、国史の本だのを、差出人をわからせないままで、贈っていた。自由に使える金なんてほとんど持ってないのに。時には励ましの言葉を帝国の文字で綴った手紙まで添えて。
すっかり感激したマフムートは、謎のプレゼントの贈り主を、あらゆる手段を使って探し出した。それが、屋敷でも、王立学園でも居場所のない、哀れな公爵令嬢だと知り、一方的に恋心を募らせたというわけだ。
馬鹿じゃないのか。
メディナ帝国の皇室では、そもそも『結婚』の慣習がない。帝国の後宮にいる何百人もの女たちは、あくまで『妾』であり、『妃』はいない。権威を振りかざせるのは、皇帝やその正式な世継ぎを生んだ『母后』だけだ。
マフムートは、慣習を破って、ジルを正妃に迎えると伝えてきた。そんなことをしたら、ジルは確実に、『皇太子殿下をたぶらかし、まんまと正妃におさまった異国のしたたかな女』とされ、帝国の守旧派の貴族や官僚の、目の敵にされてしまうだろう。
第一、異母妹や継母、実父にいびられても、黙って耐えているしかない、人ばっかり良い公爵令嬢が、異国の後宮で生き残れるわけがない。
だが、マフムートは広大な領地を持つ帝国の皇太子。王太子の婚約者だからという理由は立派な理由だが、それだけで申し出を断ったら、国際問題の火種になってしまう。
これが俺がジルを『殺した』理由その一。さすがに死んだ女を妃によこせとは言わなくなるからな。マフムートは相当俺を憎むだろうが、『王都を追放された、気狂いの廃太子』など、復讐するだけ無駄だと悟るだろう。
マフムートのことを、ジルは「大切な友人」としか思っていません。