悪夢
馬車の中で、眠り続けるジルを眺めていたら、あの最低で、最高な五年間を思い出してしまった。
ジルに必要以上に近づこうとする、令嬢や令息達を遠ざけるのは、なかなか大変だった。中には不憫なジルを見かねて、王太子の俺に意見してくる勇気のある連中もいた。結局は、王家の力をちらつかせて、黙らせたけど。
横恋慕してきたメディナ帝国の皇太子のマフムートが、ジルに話しかける度に殺意が湧いた。
「ジル殿に、不実なあなたは相応しくありませン」
何も知らずにこんなことを言ってきた奴を、どうにか始末できないかと、半ば本気で考えたこともあった。
ジルに苛められたと、嘘をついてきたイカレ女を信じるふりをした。そしてジルを非難するのは、ひどく楽しかった。
嫌悪感しか抱けないイカレ女のもとに、三日と空けずに通った。そしてジルに不貞をひけらかすのは、とても愉快だった。
だって、ジルが俺への憎しみで心をいっぱいにしているなんて、俺だけのことしか考えられなくなっているなんて、最高じゃないか。
王立学園の庭園の奥の林で、一人で泣いているジルを見る度に、もっと暗い所に引きずり込みたい衝動に何度駆られたことか。
トゥールーズ公爵家の屋敷で、イカレ女に下品な声を上げさせる度に、ジルを思うさま抱き潰したい欲望と何度戦ったことか。
あと三日、あと三日ですべてが報われる。
王宮の牢獄で、ジルは泣きながら、俺を睨みつけてきた。あの時、俺はもう少しで昇りつめるところだった。
イカレ女が、腹に子がいると大嘘をついた時、ジルは絶望しきった目で俺を見た。その時、俺は快楽の海に溺れかけた。
きっとジルは、俺が全て噓だと知っている上で、イカレ女を受け入れていると思い込んだのだろう。
俺はジル以外の女なんて、いいや、人間なんて要らないのに。
もしかしたら俺は、ジルにとっては傍にいてはいけない存在、怪物あるいは悪夢なのかもしれない。
本当にジルのことを思うのならば、マフムートは論外として、別の良識ある男のもとに行かせてやるべきなのかもしれない。
いや、絶対に無理だ。
ジルが他の男と心を通わせるなんて、絶対に嫌だ。もしそんなことになったら、俺はそいつをあらん限りの苦痛と恥辱をもって、殺してしまうだろう。
やはり、俺はジルにとって、最大の悪夢だ。
だが、それでいい。
寝息を立て続けるジルの髪を撫でて、俺は呟いた。
「目が覚める頃には、お前の世界を一変させておいてやるよ。馬鹿で可哀想な、俺の眠り姫」
この章で、終わりにしたいと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございます。感想をいただけたら、とても嬉しいです。




