最後の願い
「本当に、これでよろしいのですか…」
「もちろんだ。俺はもともと王位には興味がないし、廃太子の汚名だって、別に気にしない。ジルだって、そうだろ」
イカレ女を女の看守たちに引き渡した後に、かすれ声で訊ねてきたニコに、俺は答えた。
「ジル様は、殿下、いえ、辺境伯閣下のお気持ちをご存じないのでしょう?私は、閣下が心を鬼にして、ジル様を傷つける演技をし続けていらっしゃると思っていましたが…」
「いや、演技はしていたぞ。誰が好き好んで、婚約者に嫌われるような真似するかよ」
心外だ、と俺は言った。
ニコはしばらく言い淀んでから、口を開いた。
「ジル様はきっと、閣下をお恨み申し上げていますよ。真実を知らされても、許して下さるでしょうか」
俺の腕の中で眠るジルに、ニコは憐れむような視線を向けた。
「うーん。そうだな。どうだろうな。…でも今更どうしようもないな。誠心誠意、一所懸命、ジルに尽くすよ。分かってもらえるまでな」
分かってもらえなくても、手放してやる気なんてないが。
心の中で、俺はこっそり付け加えた。
先程ニコは、まだジルに触るのは控えろ、と言っていた。しかし流石に自分が代わるわけにはいかないと思ったのか、ジルを抱きかかえた俺を咎めるのはやめたようだ。そのまま牢から出ると、看守の一人が困り果てた様子で、こちらにやってきた。
「辺境伯閣下、ご命令通りにトゥールーズ公爵一家を同じ牢に収監したのですが、少し問題が…」
「何だ」
「公爵が、囚人服を着ることを拒んでいるのです。夫人の方はおとなしく着たのですが…実は、騎士団が屋敷に踏み込んだ時、その…同衾している最中でして…」
先妻の娘が逮捕され、明朝処刑されるというときに、後妻と乳繰り合っていたか。あの男らしい。
「『公爵たるこの俺が、そんなものを着られるわけがない。ふさわしい服を寄こせ』と喚き続けておりまして…。それと、『王太子を呼べ。何かの間違いだ』とも…」
「布切れ一枚たりとも渡すな。あのクソ以下の元公爵には、素っ裸で、あの世に行ってもらう。死体になっても、覆いをかけずに、一両日さらし者にし続けろ。日が昇ったら、一家を処刑場に引きずり出してくれ。ああ、それから、あのクソ以下こそが元凶だから、五分おきに四肢を切断させろ。首を切って楽にしてやるのは、妻子の首を刎ねてやった後だ。処刑執行人にそう伝えてくれ。王太子としての、俺の最後の願いだ」
ごく普通の指示を、普通の声色で出した俺に、化け物でも見るかのような目を看守は向けた。
しかし、結局は分かってくれたのだろう。承知しました、と一言告げて、逃げるように去っていった。
やがて遠くから、悲鳴や怒号が聞こえてきた。俺はもう朝なんだなと思いながら、辺境伯領への出立の準備に取りかかることにした。




