五年ぶりに触れた
女というものは、眠っている時が、最も美しい。昔、ある男がそう言ったらしい。確かにその通りとは思うが、一方で俺はこう思う。女というものは、泣いている時が、最も面白い。
ジルが倒れたのを見て、しばらく俺は動けなかった。
興奮がまだ収まらなかった。だってそうだろう。あのジルをここまで追い詰めたのだから。
「ふふっ。テオ様ってお優しいのね。てっきりものすごく苦しむ毒を、お姉様に与えるものと思っていたわ」
またしなだれかかってきた、ジルの鬱陶しい異母妹の両腕を、俺は振り払った。
「いいんだよ。目覚めた後の方が、もっとずっと苦しむんだから」
「え?」
俺は牢の鍵を開け、中に入った。
粗末な寝台の傍で、倒れているジルを抱え起こす。
「軽いな」
思わずそう漏らすほどだった。ジルは、すらりとした背の高い女だが、体の肉は、粗末な囚人服の上からでもわかる程、全く薄かった。もしかしたら、胸はあばらが浮いているかもしれない。
髪の毛の艶もなかった。母親譲りの銀髪は、こいつの美点の一つだったのに。あのクソ以下の公爵は、実の娘に、髪につける香油も、まともな食事すらも与えていなかったからな。
手も貴族の娘とは思えない程、荒れていた。メイドとして潜り込ませた間者に、クリーム位は渡すように指示しておくべきだっただろうか。しかしそれで、ジルとその間者との間に、単なる令嬢とメイド以上の感情が芽生えてしまうのは、我慢ならない。
ジルはすうすうと、浅い呼吸を繰り返していた。まるで泣き疲れて眠っているようだった。
さっき毒と偽って、ジルに飲ませた睡眠薬はよく効いているようだ。三日は何があっても目覚めないと言われたのを思い出し、俺はほくそ笑んだ。
眠っている間に少し、イタズラしてやろうかな。
「殿下、高貴な未婚の女性のお体に、みだりに触れてはなりませぬ。はしたないですぞ」
おっと、うるさいのが来た。
俺はジルを抱えたまま、声のした方を振り向いた。
「いいじゃないか少しくらい。こいつに触るのは、もうかれこれ五年ぶりなんだぞ。じい」
生まれた時から俺の傍にいる、侍従のニコに向かって、俺は不平を言った。
「なりませぬ。四日後に正式にご夫婦になられるとはいえ、きちんとしていただかなくては」
ニコは、俺を睨んだ。
「全くうるさい奴だ。もうこいつの父親気取りか?ニコ・クルパン子爵殿?いや、お義父さん?」
「ちょっと!どういうことよ!」
ジルの異母妹が、金切り声を上げた。
ああ、そういえば、めんどくさい仕事が残っていたな。害獣駆除が。