女の子分
母の喪が明けてすぐ、俺の婚約者選びが始まった。
同盟国の皇女や王女、王国内の公爵家や侯爵家の令嬢の肖像画を見せられても、何の感情もわかない。未来の妻と言われても、どの娘も同じに見えた。きっと、誰を選んでも、母の血を否定してくるだろうと。ただ、父の血を求めてくるだけと。
だから、俺は父とディアーヌ妃にこう申し上げた。父上と王妃殿下にとって、一番都合のいい娘を妻にしますと。
父はひどく悲しそうな顔をした。ディアーヌ妃も哀れみの目で俺を見た。
そして、ディアーヌ妃の実姉、ソフィア・トゥールーズ公爵夫人の娘、ジル・トゥールーズ公爵令嬢が、俺の婚約者に内々に選ばれた。
顔合わせの日、完璧な礼儀作法と、にこやかな表情を見せた婚約者に対し、俺は勝手に反感を持った。
嘘くさい。
俺と同い年のくせに、妙に達観して見える。子供らしさというものが抜けているのは俺も同じだが、向こうは作り物めいていて、正直、怖さすら感じた。
だから、ちょっとしたイタズラヲしてやった。
二人きりにさせられた時、面白いものがあると言って、バケツに入れた産卵中のカエルを見せてやったのだ。
絶対に悲鳴を上げて逃げ出すか、泣いて怒り出すかするだろうと思っていた。だって、女官たちは全員、そうだったから。
「わあ」
ジルは、目を輝かせた。
「カエルって、こうやって赤ちゃんを産むのですね。図鑑では見たことがありますが、初めて本物を見ました。この卵が、おたまじゃくしになるなんて、すごいですね」
殿下、ありがとうございます。と言われ、俺は「へ?」と間抜けな返事をした。
後で知ったことだが、ジルは生き物が大好きで、日がな生物図鑑を眺めたり、屋敷の庭で虫を追いかけたりしていては、母親に注意されていたらしい。
母親のソフィア公爵夫人は、遊び歩いてばかりの夫を見限り、疲弊しきっていた領地の改革に乗り出していた。そのため、トゥールーズ公爵家には娘のためにペットを飼う余裕すらなかったのだ。
そんなことなど知る由もなかった子供の俺は、「これも演技か?」とジルを疑い、こう言ってしまった。
「カ、カエルも見たことがないのか?なら今度、王宮の中庭の池の連れていってやる。ザリガニ釣りをするぞ」
さすがにこれは嫌がるだろうと思った。貴族の女が泥遊びなどに誘われて、喜ぶわけがない。
「本当ですか!?」
ジルは初めて子供らしい声を上げた。実に嬉しそうに。
そうして、俺はジルが王妃教育を受けた後で、毎週二時間、一緒に遊ぶようになってしまった。
箱入りで、しかし厳しく育てられてきたジルにとって、男の子との外遊びは、新鮮なものだったらしい。
母親のソフィア公爵夫人にはすぐにばれてしまったが、ディアーヌ妃がとりなしてくれて、俺たちの外遊びは黙認されていた。
小さい子供のうちだけだからと。
王妃教育は正直、楽しいものではなかったはずだが、ジルは俺との遊びの最中に、辛そうな表情は見せなかった。
俺も、だんだんごく普通に笑うようになったジルとの時間が、楽しみになっていった。
母以外の女と過ごすのが楽しいとは、以前の俺からでは考えられないことだった。
それでも、俺にとってジルは、「毎週二時間だけ遊ぶ、女の子分」でしかなかった。あの出来事が起きるまでは。




