2.レッツエンジョイバーチャルライフ
「うわ、凄い。これがベースゼロに行くための機械?」
しばらくして、家に段ボールが一箱届いた。どうやらバーチャル世界に行くための機会が入っているらしい。もっと大きな箱が届くと思っていたが、両手で持てるくらいの大きさだったので拍子抜けした。重さも意外となく軽々と運べる。姉と共に自室に行き、段ボールを開封する。すると、白と黒ベースの近代的な見た目をしたヘルメットのようなものが入っていた。
おずおずとそれを取り出しながら、まじまじと見つめ、そう問いかける私に姉はその通りだと頷いた。
「VRゲーム機の一種で、ベースゼロ様に政府が独自で開発したものなの。とってもコンパクトでそれ一つでバーチャル世界を楽しめるが特徴よ」
これを作り上げるの、物凄く大変だったんだからと遠い目をしながら、機会について説明をする姉。私は感心をしながらその話を聞いていた。
「使い方は簡単。このヘルメット型の機会を頭に装着して、寝るだけ」
「へぇ。手とかには何もつけないんだ」
「脳の神経から直接手足の動きを読み取るから必要ないわ。完全に、精神だけ向こうの世界に連れていく感じね」
「なるほど…」
一体装着すると、どんな感じになるのだろうか。期待に胸を躍らせながら私はベッドに上がると、姉の指示に従い機会を装着した。…中は真っ暗で何も見えない。そのまま身体を横たえ目をつぶる。ぐわっと何かに引きずられるような不思議な感覚と共に私の意識はブラックアウトした。
「もしもーし、起きてくださーい。学校に遅刻しますよー」
「…ん?」
どこからか誰かが話しかけてくる声がする。声質的に少年…だろうか。恐る恐る目を開けるとそこには黒いもふもふの毛玉がいた。長い耳がちょこんと飛び出していて、ピクピクと動く。…これはウサギだろうか?…え、でも、しゃべっているんだけど。え、本当にウサギ?
「あ、ようやくお目覚めになりましたね。はじめまして。ボクはウーリーといいます。君のサポートAIです」
あ、そっか。私、今バーチャル世界にいるんだ。あまりにも部屋がリアルすぎて気づかなかった。何も自室を再現しなくてもいいのに…。
そういえば姉にこっちの世界ではAIがサポートをしてくれる言われたな。どんな姿にも成れるって言ってたけど、私のはウサギなんだね。…なんでウサギになったんだろう。可愛いけど。
私が首を傾げると、目の前のウサギもそれに合わせるように首を傾げた。そして、ふふっと笑みを浮かべて言う。
「今、なんでウサギなんだろうって思いました?ボクはお仕えするご主人の一番好きな姿に成れるんです。貴方様の魂が最も喜ぶ姿がこのウサギでしたので、この姿に成りました」
「そうなんだ。完成度が高くて正直びっくりしたわ…」
「ふふ。でしょう?ボクは万能なんです」
目の前の彼はただのウサギではない。ジャージウーリーという私が大好きな長毛の品種のウサギだった。しかも、私が一番好きな黒に口周りがちょっとの白いタイプのカラー。
「…ちなみにサーバーへの負担を下げるため、ここで固定した姿は二度と変えられない仕様になっています。どうします?この姿でいいですか?変えるなら今のうちですよ?」
「いい。それがいい」
私は間髪入れずに頷いた。ウサギの中でも結構高級な部類に入るジャージウーリー。飼いたいという憧れはあっても、親に許してもらえるはずもなく叶わなかった。それが今、目の前にいる。最高だ。今すぐにでもモフモフしたい。
「では、こちらの姿で以後お仕えさせていただきます。それから、お名前の登録はどうされますか?本名でも問題はありませんが、ここではバーチャル名を利用される方が多いです」
「バーチャル名…」
「はい。所謂、偽名ですね。せっかく別の自分になるのなら、名前も変えたいという方が多いですから」
そっか。そうだよね。せっかくなら名前を変えた方が新しい自分になれる気はする。でも、どんな名前を使えばいいんだろう?普通に日本人っぽい名前?それとも完全にニックネームみたいなものでいいのかな?
「他の人達はどんな名前を使っているの?」
「一応、ここはただのゲームではなく、一つの社会として成り立つので、姓と名の登録が必要です。まだ開発途中ということもあり、名前は全てカタカナ表記で統一されています」
「…え、漢字はないんだ?」
「利用者が少ないため、漢字の導入はしていないみたいですね。同姓同名の人がいてもIDでユーザーを管理しているので、支障がないということなんでしょう」
「そうなんだ…」
とりあえず、下手にひねった名前を使うよりは自然な名前の方がいいのかな。なら、名前はそのままで苗字だけ変えようか。…うーん、何かいい苗字は―。
「如月…うん。それにしよう。キサラギ マナで登録するわ」
「分かりました。…なんだか少し嬉しそうですね。如月という苗字に何か思い入れでも?」
「…憧れの女優さんの苗字なの。私も彼女のように逆境に負けない強い女性になりたいなって思って」
「なるほど。それはいいですね。理想の自分目指してバーチャル世界での下剋上、頑張りましょう!」
「うん!」
いじめられていた学校一の落ちこぼれから、世界で活躍する大女優となった彼女のように、私もこの世界で活躍できるように頑張ろう。
「さてと、必要事項の登録も終わったことですし、ちょうど入学式が始まる時間です。そろそろ学校に向かいましょう」
「え!?入学式?」
ウーリーの言葉に私は目を丸くする。え?そんなこと姉から一つも聞いてないんだど。てか、いきなり学校が始まるのか。
「はい。この学校は月に1回入学式が行われています。そこでこの学校のシステムを説明するついでに、その月に入学する人たちを顔合わせをするんですよ。入学式というよりはオリエンテーションみたいなものですね」
「なるほど」
緊張するなぁ。一体、どんな人が同級生なんだろう。…怖い人じゃないといいな。
「この学校は学年ではなく回生という分類で生徒を区別します。マナさんは27回生です。在籍期間は3年で、卒業試験に合格することで卒業が認められます。基本的に同じ回生同士でカリキュラムをすすめていくので、同回生とは仲良くしておいた方がいいですよ」
へぇ。入学してから卒業まで、一緒に行動するって感じなのか…。うわ、ますます緊張してきた。…最初から嫌われたらどうしよ…。ちゃんと挨拶できるかな、私…。
「ボクも傍についていますから。一緒に人見知りを改善できるように頑張りましょう!目指せ!友達、10人です!」
「ふふふ。そこは100人じゃないのね」
私の言葉にウーリーはやれやれといった様子で肩をすくめた。
「100人もいらないでしょう。目標は高すぎないくらいがちょうどいいです」
「そうね。私からしたら、1人を作るのも簡単じゃないもの。とりあえず、ちゃんと挨拶をして興味を持ってもらうことを初日の目標にいするわ!」
「そうそう!その意気です!できることから少しづつ変えていきましょう!レッツエンジョイバーチャルライフ!です!」
「おー!」
新たな人生の幕開けに私は期待と不安を胸に抱きながら、ぎゅっと拳を前に突き出すのだった。