それは、神すらも知り得ない
「見て下さいよ。とんでもない魔力ですよ? 私が助けに来なかったら、トレファさんは死んでましたね」
「……うるさい……速く、降ろせ。クラト――」
「せっかちだな。そんな簡単に黒竜帝は逃げませんよ? 計画遂行の為に、少し命を賭け過ぎな気がしますが?」
クラトがボロボロのトレファと八雲を地面に投げる。急いで八雲に抱き着くトレファを見下すように、クラトは倭の方角を見る。
既に倭周辺の海域まで、異形が迫って来ている。
倭の大地に異形の手が届くのは時間の問題となる。だが、クラトはトレファと違って、倭を落す考えは持っていない。
故に、トレファに気付かれないように八雲の魔力を拝借して、ローグを人知れずに治癒した。
そして、何事もなかったかのようにトレファがトドメを刺さなかった事を突っついて笑う。
「おや、皇帝が2人ですか……トレファくん。ちゃんとトドメを刺さないと、ダメですよ?」
「やはり、ゴキブリ並の生命力を持ち合わせていたか……汚らわしい虫けら共が――」
八雲を手に、トレファは倭へと向かう。一刻も速く目的を達成する為に、トレファは八雲の魔力を惜しむ事無く行使して八雲をへと向かって飛んで行く。
その影で、クラトは不吉な笑みを浮かべる。トレファとは別の目的で動きながらもトレファに手を貸している。
しかし、それもこれも全てこの男の計算の内にあった。それを証明するかのように、背後から人影が姿を現す。
真っ赤な髪を揺らしながら、クラトに挨拶を交わさずに一言告げる。
「――僕達の関係は、利害の一致だと言う事を忘れるなよ?」
クラトの喉に突きつけられた鋭利な爪は、鮮血で真っ赤に染まっていた。
既に数十人その爪の餌食にしたかのように、クラトの背後ではイシュルワが送り込んだ暗殺部隊が見るも無惨に切り刻まれている。
不安定な倭を影から守り続けながら、今回の計画の為に友人を危険な場所へとその手で突き落とした。
「戦乙女……アナタの仲間は、イカれている。1人を救う為に、自から咎人に落ちるほどに――」
クラトが闇へと消えた暁の背を神の如き瞳で見詰める。
神々しく七色の炎が灯る瞳が見た景色は、最後まで背負うと覚悟した男が辿り着いた景色なのか――
それとも、背負うしかなかった。そう、今尚迷っている心が映し出した。暗闇に沈む1人の姿なのか――
クラトですら自分がどんな景色を見ていたのか、知りたくとも二度と見る事は出来ない。
もしかしたら、人の心が投影された景色ではなく。既に決まっている運命の道標を一足先に見てしまったのかもしれない。
「ふふ、まったく……ここからが、運命の分かれ道か――」
クラトが笑みを浮かべながら、懐から分厚い本を取り出す。
そして、手に持ったペンでブツブツと独り言を言いながら数ヶ所に文字を書き足していく。
すると、木陰から女性と思しき人物がクラトへと声を掛ける。
しかし、その言語は聞き取れはしない。きっと、クラト自身だけが聞き取れる言葉である。
まるで、この世界の言語ではない。かのように――
『■■――■■■、■■■■■■■■』
「分かった、直ぐに向かう。……この後の展開は、僕らの本には載っていない。ホント、目が離せないよ。黒竜と戦乙女から――」
女性の後に続いて、クラトも闇へと消える。
残るは、倭から離れた土地からこの場所から見える。異形の群れだけである。




