この日の為に《Ⅰ》
切り裂かれた黒を踏み付け、震えるメリアナに笑みを向ける。
瞬時に後ろへ飛び退いたのか、見た目よりもダメージの浅いローグがメリアナの真横へと移動する。
その表情は、見ているだけで寒気がする。先まで戦っていた肉塊の男と顔も声音も同一人物だあるのは間違いない。
しかし、殺気は違っていた。凍り付きそうなまでに、冷酷で残忍な男の雰囲気はローグとメリアナに《恐怖》を抱かせるには十分であった。
「私は《トレファ・エインス》――と、申します。2年前の雪辱を払拭しに来ました」
深々と頭を下げると見せて、懐に隠し持っていたナイフを二人目掛けて投擲する。
反応できず、腕で塞ぐしか選択肢の無いローグとは異なり、投擲されたナイフの全てを聖剣で落としたメリアナの技量の高さにトレファは拍手する。
「一瞬で、はたき落とすとは……素晴らしいですね。思わず見惚れてしまいそうでしたよ。ですが、私には及びません。これから、精進するといいですよ?」
「ペラペラと偉そうに、お前のその喋りとその容姿……虫酸が走る」
聖剣を構え直し、踏み込む彼女の動きに合わせてトレファは聖剣の刃を手で掴む。
常識的に考えれば、刃を手で掴もうとはしない。ましてや、魔力を帯びた剣を掴む選択をすれば、手首が落ちるのは必然である。
しかし、メリアナの聖剣を手で受け止めた。それは、トレファが技量だけでなく。
魔力でも、メリアナ以上という事を証明していた。
「さぁ、次はどうします?」
焦るメリアナが小刻みに震える手を紛らわせる様に、聖剣を強く握る。
呼吸を整えて、再び聖剣を構える。
――が、トレファにとって、彼女の遊びに付き合う理由はもう無い。
「……そんな子供と同等な強さで、私には挑むとは――恐ろしい」
ローグとメリアナが何が起きたか認識するよりも先に、胸を貫かれたメリアナが地面に倒れる。
血を吐き出して、現実を認識しながら呼吸のできない苦しみの中でメリアナは地面に倒れるしか無かった。
一瞬、速さという次元の話ではない。肉塊の中から出て来たこっちが本体で、あの肉塊が劣化版コピーとでも言いたくなるレベルで実力に天地の差がある。
「1つだけ、死ぬ前に聞かせてくれよ。肉塊のアンタは、俺の前に居るアンタの劣化版コピーかなんかか?」
「えぇ、良い線ですよ。まぁ、答えとして提示するなら――」
身構えたローグの心臓にトレファの指先が突き刺さり、その後に漆黒の稲妻がローグの肉体を貫く。
「――劣化版の劣化品。私のコピーなどと、言われたくもないゴミですよ」
指先に付着した血液を払って、倒れた黒の元へと歩を進める。
が、背後で無様にも足掻くローグに気付く。
「ゴキブリですか? アナタの生命力は」
「知らねーよ。でも、頑丈さも1つ取り柄でね……」
フラフラと揺れる足を殴って、意識をはっきりと持たせる。もはや、満足に力は震えない。
しかし、ローグの目は死んではいない。いや、死ぬどころか――輝きを放ち始める。
トレファすらも、その瞳の輝きに興味を抱く。が、これから殺すであろう虫けらに興味を抱くのは一瞬だけでも奇跡であった。
指先に再び魔力を込め、動けないローグへと突き刺す。
――が、身を捻って指を避け、カウンター今が今かと狙っていたローグの拳がトレファの頬を殴る。
魔力を纏っていない単純な腕力による打撃ではあったが、今のトレファのプライドを引き裂くには十分であった。
「おい、何だよ……満身創痍の虫けら様に、頬を刺されてんぞ? ……油断してっからこうなるんだよ……バカが。相手の実力の1つも見抜けねー雑魚に殺されるのは癪だな。――がはッ……おい、頬が痛むなら、ママにお薬でも塗ってもらえよ。やさ~しく、やさ~しくよ」
顔を赤く染めたトレファの一撃で、ローグは大量の血液を吐き出す。
内蔵をズタズタにされ、胃の内部から溢れる血液が口から排出される。
(ごめんな……トゥーリ、約束守れなくてよ…)
倒れたローグが目から1滴の涙を流す。大切な人との約束を叶えれなかった自分の弱さに、悔しさが溢れた。
現在の倭で最も強いであろう3人を蹴散らし、トレファは黒の体を持ち上げる。
そして、八雲の力を以てして、自分の計画を進める。だが、そこで思い留まる。
「うーん、計画に倭の土地は不要だな」
そして、指を鳴らして倭から遠く離れた海上で、空間を開く。
その空間の先から、様々な異形が姿を現した。
破壊力と耐久性が桁違いの――《大型》
飛行能力と速度に長けた――《飛行型》
数と知能に長けた――《小型》
殺傷性と形態変化に長けた――《中型》
様々な個体の中で特別個体数の少ないが、他個体の持ち得る要素を兼ね揃えた最強クラスの異形種――《特異型》
様々な種類の異形が倭へと向かって、一斉にトレファの指示で侵攻を開始する。
「さぁ、我が尖兵達よ。目障りな倭を潰せ――」




