倭の最高位戦力《Ⅱ》
真っ白な髪色がより映える金色の瞳、それがさらに異質な光を放ち始める。
メリアナが、そんな男の切り替わりが起きた感覚を直感で感じ取る。
すぐに黒へと雰囲気の変化を伝えるが、男の手がメリアナへと伸びる。
僅か一瞬、メリアナの意識が黒へと動いた。その一瞬の隙きを狙って男が動いた。
幸い隣の黒が、男の片腕をバタフライナイフで切り落とした事で、メリアナへと手が届く事はなかった。
だが、その速度は2人の反応を凌駕している。
「メリアナ……剣とか持ってねーよな?」
「私の聖剣が欲しいの?」
「いや、今のでナイフが壊れた」
黒の手で、刃先が粉々に砕けたバタフライナイフだった物がバキバキに崩れ落ちる。
速さだけでも厄介極まりないにも関わらず、その皮膚の硬度すらも先程よりも跳ね上がっていた。
唯一の勝る点といえば、メリアナの魔力量だけである。だが、懸念すべき点も存在する。
それは、奴が――魔物を所有しているか否か、この魔物の有無で、勝敗が決すると言える。
それだけの要素が魔物には、存在する。
「良いですよ。適度に、温まって来ました。ここから、動きを上げていきます。ちゃんと、付いて来て下さい。良いです――ねッ!!」
一歩、踏み込む男の攻撃を黒がつま先に集中させた魔力で弾く。
しかし、瞬時に魔力を掌へと集めて爆発的に増幅させた拳から繰り出された一撃によって、黒は避ける事も防ぐ事も叶わずメリアナから引き剥がされる。
その場から後退したメリアナだが、奴の速度は既にメリアナを超えている。
間合いに押し入られ、認識するよりも先に攻撃がメリアナへと降り注ぐ。
「初めの威勢が無くなりましたね? ふーん、変ですね。倭の最高位戦力とは、この程度ですか?」
男の優勢な態度に、メリアナと黒は苛立ちを隠さない。だが、序盤はこちらが有利であった。
しかし、突然男が優勢になった。黒の様にアンプルのような物を摂取した可能性が浮上する。
黒の一撃で、うつ伏せに倒れてから動きが変化した。その際、砂埃で男の手元は見えない。
何かを摂取、または強化するならばそこが一番可能性として高い。
「……状況は、極めて不利だな。魔力がそれなりに減ってきた」
「それは、大変だね。アンプル補給の時間とか、無さそうだしね」
メリアナが聖剣を構える。黒が拳を構える。
男が懐から、注射器のような物で首筋に液体注入する。そして、切り落とされた箇所から植物の根が突然生え、徐々に腕へと形を変化させる。
「私は、再生能力を持ちませんので……植物の義手を使わせてもらいます。構いませんか?」
「あぁ、だが……片手がなくても、ずいぶんと余裕そうだったようにも見えたが?」
「ふふ……殺られていた自覚があったと?」
まぁ、な――と、黒が小声で呟くと同時に、メリアナの聖剣から魔力の斬撃が黒と男目掛けて飛来する。
避けようと後退した男の胸ぐらを黒は掴んで――ニヤリ、と笑う。
飛来する斬撃の真正面に男を動かし、避ける猶予を与えない。
着弾と同時に、飛び上がったメリアナが立て続けに襲い掛かる。
全身から焦げ臭い煙を上げる男が、邪魔をする黒の頬目掛けて肘をめり込ませる。
魔力による防御ですら、意味を持たないほどの威力にメキメキ――と、黒の頬骨が軋む。
メリアナの斬撃をモロに食らっても、男は倒れもしない。
――頑丈。頑丈過ぎるほどに、頑丈な男の体だが。肉体が完璧な硬度を保つには、相当な魔力が必須である。
であれば、時間が経過すればするほど、この頑丈さを保つ事は難しくなる。
「しぶといな。その上、良い硬さだ。サンドバッグに丁度良い……」
「黒くん? そろそろ、本気出しちゃって良いんだよ?」
この状況を楽しむかのような2人の言動に、男の顔が崩れる。自分が優位なのは変わらない。
だが、この状況下でも、どこか余裕さを持ち合わせている2人のその顔が男の神経を逆なでする。
「なぜ、このような状況下で、平然とヘラヘラと笑っている。貴様らに勝ち目はないッ!! 僅かでも、勝機があると思っていたのか? 一体、どこに勝機がある!?」
黒の手を掴んで、柔術と思しき技術で地面から足を浮かせる。
背後から迫るメリアナの腹部を蹴って、前のめりになったメリアナの後頭部を回し蹴りで蹴り飛ばす。
そのままの勢いで、体が浮かんだ黒の横腹にメリアナ以上の一撃を浴びせる。
骨が――バキバキ、と音を挙げて、血を吐き出した黒の苦痛に歪んだ顔を見て、男がさらに追撃へと移る。
しかし、追撃へと動いた次の瞬間、男の頭上を何かが通り過ぎる。
そして、気が付けば自分の両腕が――消し飛んでいた。
示し合わせた訳では無い。だが、彼らはその場所を狙っていた。
振り上げた両腕を遠く離れた位置から、狙撃するかのように弾いた。
肘から上が欠損し激痛で歪む。その顔へと、待ってました――とばかりに黒の拳が力一杯叩き込まれる。
漆黒の稲妻が鼻先をへし折り、頭部から全身へと凄まじい電流が流れる。
「悪いな……こっちは、2人じゃねんだ。頼りになる――友人がいるんだよ」




