戦争を始めよう――《Ⅰ》
ナドレが八雲を抱えて、階段を駆け登る。そのまま城を飛び出て、誰の目にも留まらない広場の片隅へと向かう
息を上げて、肺が苦しいをだがそれでも走り続けた。かつては憧れた1人を射殺した。
本当に死んだかは定かではない。だが、それでも銃口を向けただけでもナドレにとって、相当な勇気の必要な事であった。
広場の片隅で立ち止まって、手にした八雲を憎んでいる相手のように睨む。
「こんな……こんな、物があるから――」
八雲の鞘から、刀身引き抜く。
そして、その能力を前に彼女は胃の内容物を思わず吐き出しそうになる。
その能力の恐ろしさに、直ぐに八雲から手を離す。その凄まじい憎しみと怒りの怨嗟に呑み込まれそうになった自分の姿を想像してしまったから――
1度、手放した八雲をナドレは手に取れない。代わって、八雲を手に取ったのは――フードで顔を隠した男であった。
「誰…だ? 貴様ッ!!」
ナドレの問い掛けに、彼はフードから微かに見えた口元で笑みを作る。
そして、八雲で一閃する。ナドレを邪魔だと言わんばかりに一閃する。
その極大な斬撃を前に、ナドレは一歩も動けない。ただ、目の前に迫りくる極大な斬撃をただ見ている事しか出来ない。
ギィンィィィィ――
ナドレの前に割り込んだのは、聖剣を手にしたメリアナであった。
尻もちを付いて、動けないナドレへとメリアナは笑みを向ける。
そのまま再び放たれた斬撃もメリアナの振るった斬撃によって相殺され、騒ぎを聞き付けた聖騎士が男を取り囲む。
「素晴らしい歓迎……痛み入るよ。倭の皇帝メリアナ・C・ペンドラゴン――」
「えぇ、私の領地に足を踏み入れただけでなく。その地に生きる者達に、手を挙げる。相当、惨たらしく死にたいのね?」
そこで、初めて聖騎士とナドレは気付く。メリアナの周囲に漂う魔力の微小な残滓が――胎動する。
本来、大気中の魔力は非常に微小で、高濃度な魔力によって大気中の魔力が反応する事はある。
しかし、メリアナの魔力は現時点では、高濃度とは程遠いレベル。
――にも関わらず、その魔力に呼応してか魔力が可視化され始める。
まるで、天の川のようにメリアナの周囲を巡る魔力の渦が、更に密度を増していく。
「コレはッ!? ……恐ろしい――」
「逃さないッ!!」
その場から逃げる仕草を取った男に向けて、メリアナは剣を振り下ろす。
爆発的に高まった魔力が、渦巻いていた魔力を1点に凝縮させる。
放たれた魔力の極太レーザーが――天を穿つ。
「……ッ……逃してしまいましたね」
鞘へと聖剣を収めて、空を見上げる。分厚い雲に覆われた空に巨大な穴を形成する。
大気圏まで突き抜けたその魔力砲を破壊力を見て、聖騎士達はかつての王の帰還に歓喜する。
――が、そんなムードを一蹴するメリアナの冷酷な眼光に、その場に集まった全ての聖騎士の背筋を正せる。
「――喜び、うつつを抜かす。それが、聖騎士か? 違うでしょ? 剣を取れ、声を上げろ! 直ぐに、第一級防衛陣形の用意をせよ!! 数秒後に、異形の軍勢が押し寄せる。今度こそ、倭を蹂躙する為に!!」
メリアナが鞘に収めた聖剣を抜いて、天へと掲げる。凄まじい魔力の光柱が天へと登る。
そして、メリアナの声がその光柱を通して、倭全域に響く。
「――聞け、倭の民達よ。今、この時……未曾有の被害を生んだ、かの2年前の大規模作戦。その首謀者が再び倭へと異形を送り込もうとしている。しかし、恐れる事はない。我らには――皇帝が付いている――」
メリアナの声の後に、光が倭全域に降り注ぐ。次第に光が巨大な城壁を形成する。
倭を囲む巨大な城壁が完成し、メリアナが有する魔法の中で最強硬度を誇る魔法――《ロード・キャメロット》が完成する。
「――悲観するな。諦めるな。希望を捨てるッ!!。なぜならば、我らには、この私と――難攻不落が付いている!!」
その発言を聞いて、倭から歓声が響く。ナドレ、ロルト、トゥーリ、ガゼルがその歓声の大きさに言葉を無くす。
――単純な話である。
メリアナ・C・ペンドラゴンという皇帝の絶対的な信頼が無ければ、ここまで不安を消し去る事はできない。
それに加え、事前に不安を払拭する。目に見えない恐怖から逃れるすべはない。
だが、これから起こるであろう恐怖に対して、彼女は先手を打った。
声を上げて、戦士を騎士を民達を鼓舞して、恐怖を和らげる。
それを実行するだけの頭の回転と実行力、そして何よりもそれらを実行可能にする圧倒的な自信と経験値が彼女を王として立たせる。
「……さぁ、戦争を始めよう。異形共――」
聖剣を構えた先に見える。海上に出現した巨大な大型異形種の軍勢――
しかし、彼女に恐れはない。なにせ、自分の隣には居るのだから。
倭の最高位戦力と呼ばれる。《12の皇帝》最強の男が――




