十王領域『倭』《Ⅰ》
倭へと近付くに連れて、波が穏やかになる。だが、船内の空気は重い所の話ではなかった。
そんな空気に耐え兼ねてか、ナドレが部屋へと引きこもる。姉を心配して、ロルトは黒に頭を下げつつその場を後にする。
その際に、黒が尋ねる。
利用されると分かって、裏切られた気分か? ――と、だが、ロルトは首を横に振った。
「きっと、自分達じゃ想像も出来ない何かを背負っている。その為の嘘だったと――思ってます……失礼します」
部屋へと足早に向かうロルトの背中はどこか悲しげでありながらも、ナドレと違って前を向いていた。
操舵を任された艦長のアナウンスが聞こえ、甲板へと向かった黒の目に飛び込む景色は――懐かしいものであった。
「ずいぶんと、久しぶりだな。十王領域《倭》――」
海を隔てた四大陸のどの国や地域とも異なる肌を刺激する様々な――魔力。
長い年月を倭と共に過ごしたとも思われる樹齢数千年の樹木が密集している山々に囲まれた自然豊かな土地――
ローグ、トゥーリ、ガゼル、ナドレ、ロルトの魔力感知に様々な猛獣が反応する。
船がゆっくりと港へと向かう道中で、森の中からこちらを見詰める獰猛な獣の眼光が光る。
「……襲われたくはないな。ここで襲われたら、船と一緒にお陀仏決定だよな?」
「ローグ、このタイミングでそんな事言うなよ。ホントに襲ってきたら、どうするの?」
各々が構える。木々の隙間からこちらを見詰める獣達の気配に過敏になりながらも、港へと船はゆっくりと進む。
これほどまでに、自然豊かな土地で危険性の高い獰猛な獣達が生息しながら、港は森の直ぐ近くにあった。
一足先に船を降りていた黒が船の艦長や乗組員と挨拶を交わし、不機嫌そうなナドレが森に囲まれた倭の地へと降り立つ。
思い出が蘇る。自然豊かな土地で、共に過ごした学生時代――
そして、自分達の上の世代で活躍した黒達――王の世代の活躍を思い出す。
「なぁ、何で……あの猛獣共は、こっちに襲い掛からないんだ?」
「あぁ、それは――」
「それは、この《高周波魔獣抑制装置》のお陰よッ!」
ローグの質問に答えようとした黒の横から、一つにまとめた赤黒いポニーテールを揺らしながら、自慢気に答える女性の姿があった。
丸メガネに学者の代名詞的な白衣を羽織って、後ろの助手と思われる女性は大量の資料が納められたファイルを両手に抱えながら今にも泣きそうな顔で、黒から目線を反らし続ける。
「……違うだろ」
「いや、私の作った装置のおかげだ。異論は認めません!」
「十王の加護の影響だよ。適当言うな……バカが」
黒と女性が口論を始め、ローグやトゥーリが止めに入る。
そこで、2人は黒と彼女の魔力が似ている事に気付く。
そして、そんな2人の後ろからロルトが彼女の顔を見て、思わず声を上げた。
「茜ちゃん!?」
「あっ! ロルトくんだ。久しぶり~」
ロルトに向け、笑顔で手を振る彼女《橘茜》――
橘家の三女にして、世界最高峰と呼ばれる久我山塾の最年少塾生にして、天才的な頭脳の持ち主。
倭と帝国の防衛技術を確立させた。稀代の(自称)天才美少女――
「待ってたよ。黒兄――」
「あぁ、知ってた」
兄と妹の再会を祝福するかのように、森の魔獣が遠吠えをあげる。




