本当の目的
倭へと向かう道中で、目立った妨害は無い。いや、妨害は起こる筈がない。
そう、黒の認識が変わる――
「艦長から、伝言です。もうすぐ、倭の海域に近付くそうです」
「ありがとう……トゥーリだったよな?」
「合ってますよ。もしかし、自己紹介が必要ですか?」
「いや、顔はデータで知ってる。が、魔物は初対面だからな――」
座禅を組んで数時間が経過したローグの隣で、黒は目を閉じたままトゥーリと談笑する。
トゥーリの中では、黒は以前として驚異という印象が強い。それは、生物の域を超えたアンプルの過剰摂取による肉体の負荷を物ともしない化け物級の耐久性――
(魔物は失った。とは言え驚異なのは、今だ変わらず……ローグに力の使い方を教えるのは、プラスとは言え気を付けるには越したことはない)
トゥーリが笑顔で接する裏で、黒を警戒し続ける。
それは、ローグの隣で多くの者達を見てきた事によって、鍛えられた《洞察力》が黒の内面を見抜く。
多くの者は、黒のその《力》を恐れる。しかし、トゥーリが警戒したのは、黒の力などではない。
背筋が凍る。黒の狂気的な《オーラ》にトゥーリは生まれて初めて、ローグ以外の皇帝に《恐怖》を覚えた。
手に隠し持ったナイフが汗で滑り落ちそうになる。一刻も早くその場から立ち去りたい。
だが、この男の目的を確かめる必要がトゥーリには、どうしてもあった。
そして、黒がその日の夜に外のデッキで夜景を眺めるタイミングを狙って、自分の疑問に答える様に仕向ける。
胸ポケットから拳銃を取り出して、黒の後頭部に銃口を突きつける。
「話して、目的を……。何で、ローグや私達を倭の旅に誘ったのか」
「ローグに言った通りだ。知ってるだろ? 力の使い方を教えるのと、恩を売れる。それだけ――」
「嘘を付くな。確かに、ローグに力の使い方を教える事と恩を売ると言う事は間違い無いでしょうね。でも、そもそも、それは私達のメリットよ。お前のメリットは、何だって聞いてるんだよ!!」
トゥーリの突き付ける銃口がさらに押され、黒の頭が押される。
両手を上げたままな黒だが、トゥーリは全神経を研ぎ澄まして黒の小さな動きでも対応出来る様に神経を尖らせる。
溜め息を吐いた黒が、星空を眺める。そして、ナドレ、ロルト、セラに話した事と同じ内容の国家機密を話す。
だが、そこでナドレ達との違う反応を見せたのが、トゥーリであった。
独自の調査から、八雲の残した刀剣の情報は黒の語った内容と大差はなかった。
だが、その話だけでは倭の国家機密ほどの内容ではないと断言する。
そして、トゥーリの背筋が凍るほどの内容で、倭の根幹に関わると思えど、それだけで異形が倭を必要に狙う理由にはなり得ないとも断言した。
その事を陰ながら聞いていたナドレが暗闇から飛び出し、トゥーリが反応するよりも先に黒の額に銃口を突き付ける。
「どいう事だッ!! 説明しろ!! あの場所で、私達に話した内容は嘘だったのかッ!?」
「……落ち着け、ナドレ」
「うるさいッ!! 答えろッ!!」
ナドレの銃が小刻みに震える。そして、黒とトゥーリの前で、ナドレの頬に一筋の涙が見えた。
「……信じていた。カエラ様から、この護衛任務に指名されて……ッ…心の底から、嬉しかった。あの、王の世代の側で役に立てるって、弟と一緒に……アナタの役に立てるって――本気で、思ってたッ!!」
ナドレの声を聞き付け、ローグ、ガゼル、ロルトがデッキへと集まる。
状況が状況なので、駆け付けた3人はほんの一瞬だけ、黒を取り合っての修羅場と思った。
が、トゥーリとナドレの鬼気迫る顔とナドレの震える声に気付いて、そのアホらしい線を捨て去る。
「ねぇ、姉さん。何があったの? 僕に分かるように説明し――」
「――この男は、私達を裏切ったんだッ!!」
「おい、どいう事だ? トゥーリ説明してくれよ」
「いや、説明も何も……私は、私達を倭への旅に誘った目的を尋ねただけで……彼女達と橘の間の問題は知りもしない」
「――面倒な事になった……。《戒》」
5人が認識出来ないほどに歪な言葉が聞こえ、その直後に世界が真っ暗闇に沈む。
身体中の力が抜け始め、トゥーリとナドレが手に持っていた暗器や拳銃を地面に落とす。
ガゼル、ローグの2人が少しだけ抵抗できたのか、その場から数歩動いた場所で膝から崩れる。
ナドレ、ロルトの2人が踠きながら、黒へと拳銃を向けようと落ちた銃へと手を伸ばす。
「無駄だ。この魔法は、術者を中心に展開した領域内の存在を支配する《領域術》……。俺が、範囲内全員の《戦闘行為》を禁止した。だから、戦闘行為に繋がる動きの全てを禁じられた。良い術式だろ?」
「それが……どうしたッ!! お前の魔力量なら、もって数秒程度だ。その後に、ゆっくりボコボコにしてから、真実を吐かせてやるッ!!」
暴れるナドレの前で、黒は指を鳴らす。そして、この術の影響を受けた全員の脳内に黒の目的――計画が伝わる。
『――倭へ向かえば、自ずと分かる。仲間の居場所も……殺すべき相手も』
「……これが、真実だ。俺は、倭で――異形共と《戦争》をする」




