トゥーリの気持ち
海を進む船の甲板で、黒は深呼吸する。海鳥の鳴き声と船を揺らす波飛沫が黒に冷静さをもたらす。
青空の下で、座禅を組んで瞑想する。精神を研ぎ澄まし、以前として漏れ出ていく魔力を自力で抑え込む。
抑え込むと言っても、完全に魔力の漏出を防ぐ事は出来ない。完全に防げなくとも、日々の行動で減っていく魔力が減る事は非常にこの先大事になってくる。
「おい、本当にこれでいいのか?」
「何だ? 疑ってんのか?」
「いや、そうじゃ……ねーけど」
黒と並んで座禅を組むローグは、黒に力の使い方を教えて貰う事を条件にこの船に乗船した。
その為、黒はローグに力の使い方を教えなければならない。例え、この先敵側へと寝返る可能性が僅かでもあってもだ。
座禅を組む2人を遠目から、トゥーリとガゼルの2人が眺めている。
基本的に船の操舵関係は、艦長とその乗組員で事足りる。ナドレ、ロルト、トゥーリ、ガゼルの出番は早々ない。
つまり、彼ら2人は暇だった――
「ねぇ、トゥーリちゃん。ローグの強さってなんだろうね?」
「ガゼル? 急にどうしたの?」
「いや、ローグがあそこまで強さを求める理由が気になってね」
ガゼルがローグを見詰める目に影が生まれる。トゥーリ自身もその目の移り変わりに気付いて言葉を濁す。
ガゼルは一時期、欲望に忠実なローグに嫉妬した時期があった。
他人を巻き込んで、それでも尚人が集まる無意識のカリスマ性に嫉妬を覚えた。
そして、その強さ対する貪欲さにガゼルは今なお嫉妬している。
魔物に覚醒し能力にまで覚醒した者は、大抵力の探究を止める。
それ以上の強さを求める場合は、高みに至る為の《地獄》に身を投じる覚悟が必要――
「だから、分かるかよッ!!」
「分かれッ!!」
黒の下手な教えにローグが堪らず反発し、言い争う。ガゼルが苦笑いを浮かべながらスッと立ち上がる。
「ねぇ、ガゼル。今でも、ローグに嫉妬している?」
「さぁ、でも……アイツを陰ながら想っている人がいるって事には嫉妬している――かな?」
ガゼルがからかうようにトゥーリの前から姿を消す。茶化しながらその場から消えたガゼルに、顔を真っ赤に染めたトゥーリが手で顔を隠す。
トゥーリは、ローグの事を好いている。
それは、仲間だからとか、付き合いが長いからではない。ローグがイシュルワで騎士として頭角を現した時点で、トゥーリはローグに想いを寄せていた。
廃棄された機械の残骸と錆び付いた鉄屑の山の上で、ガキ大将だったローグを知っている。
煙突などから登る排気ガスの薄汚れた空、油汚れが排出された汚水と汚泥に汚染された河川。
空の青さや草木の柔らかさ、肌を撫でる心地良い風の清々しさを知らない子供たちの為に――ローグは皇帝になった。
力だけではなく。機械兵器などの兵器を開発し、国力を強めるだけではない。
平和の為に、青い空の下で緑豊かなイシュルワを実現ために、ローグはウォーロックからイシュルワの実権を奪い取る。
「……また、ローグが遠くに行っちゃうのかな?」
その場に膝を抱えて座り込んだトゥーリの視線は、黒と殴り合っているローグに向いている。
人の気も知らず、自分のしたい事をしたいだけ好き勝手やって、トゥーリやガゼルを巻き込むだけ巻き込んで1人で突っ走る。
昔は、それでも良かった。ただ、自分はローグの隣で笑っていたいから――
だが、今は何処か違う。ローグがこのまま倭へと向かえば、倭で変わってしまう気がした。
自分の知らない所で、自分の知っているローグが変わってしまうのが恐ろしく怖かった。
だから、この船に乗った。それが、トゥーリの本音である。




