いつの日か、国を取り戻す
日が落ちて、星空が広がる草原で黒を呼びつけたローグが星空を眺めている。
「星空って、こんなに綺麗なんだな」
「みたいだな。ここ最近、満足に星空を眺めた記憶がねーからな。余計に、綺麗だ」
ローグが痛む腹部を押さえながらも、黒に尋ねる。かの帝の正体を――
「――だ。俺から、言えるのはそれだけだ。力は、見ているだろ?」
「自称大公の皇帝様――か、羨ましい」
「? お前も皇帝だろ?」
「いや、確かに階級や地位は皇帝だ。が、実力は皇帝とは程遠い」
今の今まで、自分が強いと思っていた。
が、それは現実を直視していないだけで、避けていただけであった。
クラトとの一戦で、その事が身に沁みた。
結局、自分が黒と戦っても一方的に遊ばれる程度が限界。
イシュルワでどれだけ強かろうとも、他国の皇帝とは力の差が浮き彫りになっている。
醜態を晒す前に、クラトと戦えたのは幸運であったもしれない。
「――なら、俺と倭に来いよ」
「――は!?」
思わず大きな声で驚くローグ。
どんなに環境が悪くとも、イシュルワはローグの故郷。
いつの日か、ウォーロックから実権を奪い取って、新たに作り直す。
それが目標のローグにとって、倭側に寝返るのはイシュルワに残した同胞を裏切る事になる。
「悪いが……同胞は裏切れねーよ。例え、お前からのスカウトでもな」
「ちげーよ。これから、倭に向かうからその道中付いてくるか? って事だよ。そもそも、スカウト権限持ってねーよ」
早とちりしたローグが咳払いしてから、メリットとデメリットを尋ねる。
「……メリットは、2つだ。1つ、お前に魔物の使い方を教えてやる。2つ、倭と帝国に恩を売っておける。これで、イシュルワの実権を握る手助けをしてやれる」
「んじゃ……デメリットは?」
一呼吸おいてから、黒が人差し指を立てる。
「――オリンポスとイシュルワの2国が手を組む。もしくは、どちらかに吸収されて、巨大な一国と戦う事になる。……可能性の話だがな」
「その根拠は?」
「そもそも、イシュルワの皇帝が1人もしくは3人も抜ける。それは、イシュルワとしても許し難い事だ。なら、戦力の乏しいグランヴァーレを占領して、オリンポスとイシュルワの同盟を結ぶ。そうなれば、四大陸で残った国はエースダルだけになる」
四大陸のそれぞれの戦力として、グランヴァーレの次にエースダル。エースダルの次にオリンポスという状況である。
内輪揉めで他国と争う余裕の無いオリンポスは、イシュルワとの同盟を承諾せざるを得ない。
そして、現在のグランヴァーレは周辺国も含めて、最も戦力が乏しい国。
占領するのも時間の問題で、黒達が居るから問題がないというだけであって、倭へと向かえば直ぐに占領される。
「この事は、イオちゃんにも伝えるべきだ。あの子は、グランヴァーレの王様だ」
「分かっている。これは、俺のワガママだからな。イオには俺から伝える。それに、アイツにはイオとこの都市を守ってくれって言ってある」
「つまり、占領されろって事だよな?」
「言い方が悪いな……まぁ、そうだがな。もちろん、こっちの件が済んだら協力は惜しまない。イシュルワの問題もな」
すると、ローグと黒の背後に蒸気の塊が現れ、その中からイオと一人の男が現れた。
イオは軽くお辞儀をしつつも隣の男は暗くて顔と体の輪郭は不明だった。
だが、2人からすれば魔力の微細な動きで男の正体は判明した。
「タイミングバッチリだな」
「話は、何となく彼から聞きました。私達は、ここで戦い続けます。例え、四大陸史上最悪の大戦争が起きて――」
「起きねーよ。戦争には、ただアイツらの進軍に口を出したり手を出さないだけで良い。この蒸気の都市だけは、何人たりとも敵の手に落ちなきゃ良い――こっちが済んだら、全部片付ける」
「えぇ、彼からも聞きました。『きっと、黒竜帝が四大陸の4国家を滅ぼす』と、ですから私はグランヴァーレ周辺国の人々をこの都市に集めます。その後、籠城を計画しています」
「なら、俺は橘に付いていく。そうすりゃ……自然とイシュルワともぶつかる。残ったら、面倒な事になりそうだしな」
ローグが頭を掻きつつ、イオが隣の男と耳打ちして話をまとめる。
これで、四大陸の戦力図は大きく傾く。地獄の様な四大陸が完成する。
だがそれも、黒が倭に到着して目的を果たせば解決する
「イオ・グランヴァーレ。諸々の責任は、俺にある。だから、恨むなら俺を恨んでくれ」
「いえ、恨みません。それに、橘様の目的が達成すれば――グランヴァーレの皇帝が戻ってきます」
「そうか、あの作戦に参加してたのか……」
「ですから、必ず私の国の騎士と皇帝を連れて戻って来てください。その時は、私も全力でお力添えします」
「……力を貸すのは俺達だけどな。まぁ、ここまで恩を売られちゃ、返すのが大変だな」
黒とローグとイオの3王が星空の下で笑う。草原を撫でるそよ風に、3人の笑い声が木霊する。




