蒸気の帝《Ⅱ》
蒸気の巨人が咆哮を挙げる。周囲の大気を押しのけて、風圧に乗って高濃度な魔力が迫る。
狼狽えるウォーロックとイオの前に、巨人の腕が伸びる。高温となった蒸気が森の中を掻き乱す。
乾いた地面が一瞬で湿って、木々の葉に大量の水滴が落ちる。
巨大な機械兵器を上回る蒸気の巨人が、機械兵器を一瞬で錆び付かせる。ボロボロの鉄クズへと変貌させ、邪魔だと言わんばかりに横殴りに叩き潰す。
機械兵器から転げ落ちたウォーロックに目もくれずに、蒸気から逃げようとするイオを水の膜が優しく守る。
水の膜が彼女を守る間に、巨人がイオを手に姿を消す。一気に蒸発し、霧となった蒸気に視界を奪われたウォーロックがその場から退く。
「おや、どうやら――ここまで、ですね」
ローグと殴り合っていたクラトが、ウォーロックの魔力が消えた事を感じ取って、共にその場から退く。
満身創痍のローグが巨人の出現した方角に向いてから、その場に倒れる。
きっと、イオは無事だ。そう確信して、意識を失った。
その後、グランヴァーレから離れた都市に身を寄せていたグランヴァーレの人々の元に、瓦礫から救助された重軽傷者達がセラとトゥーリ達の手で運ばれる。
崩壊したグランヴァーレで、命からがら助かった者達は互いに今ある命に感謝する。
だが一方で、グランヴァーレと言う国の為に命を捧げた者達の弔いも行われる。
悲しい現実に、子供や両親。大切な人を失った人々の悲痛な胸の内を――目を覆いたくなるのであった。
「……派手な演出だったな。まぁ、そのお陰で機械兵器は退いた。グランヴァーレで多くの命が亡くなったが、それ以上に多くの命を救えた。……ありがとうな」
「……」
壁に凭れ掛かって、返答の無い相手へと構わず話を続ける。
彼は、力を行使した事を公にしたくはない。それは、この都市や仲間達に危害が及ぶ事を危惧しているからだ。
その事は、黒も十分知っている。それ故、誰よりも驚いた。
今回は――自ら力を行使した。それは、彼なりの正義からだろう。
目の前で、大切な人を失った事のある彼なりの正義――二度と同じ苦しみを味わいたくないと言う。
「……俺は、倭に行く。だから、イオ達の事は任せて良いか? 直接的ではなくとも、きっかけは俺らだ。グランヴァーレに近づかなきゃ……こうはならなかった」
「……」
「頼むぞ。自称大公の皇帝様」
壁から離れた黒が背後から感じた魔力の揺らぎに、笑みを浮かべる。
返事はなかった。だが、あの男は自分の頼みは断らない。
卑怯な奴だよ。俺は――と、小声で呟いてから、焚き火に集まる。
ローグ、トゥーリ、ガゼル、セラ、ナドレ、ロルトの6人の元へと向かう。
体の芯から温まるココアをトゥーリとセラが配っている。全身包帯姿のローグがトゥーリの横で、爆睡中なのを横目に地面に座る。
端から見れば、キャンプに集まった仲の良い友人だろうか。が、実際は初対面なメンツが多い。
それでも仲良くしているように見えるのは、トゥーリとセラの圧倒的なコミニュケーション能力の高さであろう。
セラを中心にナドレ、ガゼル、ロルトの順で馴染んでいった。
1人残された黒もセラとナドレの強引なコミニュケーションに乗せられる。
「それにしても、あの蒸気にの巨人って誰の魔法だったのかな?」
「それは、私も知りたい所ですね。イシュルワの皇帝では、まずありませんから……」
「エースダルでも無いわね。そもそも、エースダルの皇帝は、魔法で戦わないから――」
「確かに、姉さんも引くほどの脳筋だからね」
セラの疑問に、トゥーリとナドレは見当すら付かない。
ガゼルが唸りながら、どこかでその魔法を見た事があると告げる。
やや食いぎみなトゥーリとナドレの圧に耐え兼ねガゼルがその場から離れつつ気のせいだと訂正する。
誰もあの魔法に心当たりはない。1人を除いて――
「おい、橘――アイツか?」
「何だ。起きてたのか……」
トゥーリの膝の上でうっすらと目を開けたローグが黒へと問い掛ける。
トゥーリの膝枕で熟睡できたのか、直ぐに起き上がって包帯を勝手に破り捨てる。
止めるトゥーリやセラ達の言葉に反応する事無く、サシで話がしたいと黒を呼びつける。
仕方なく席を立った黒とローグを見送りながらも、トゥーリが頬を膨らませながら不満を口にする。
ガゼルもトゥーリの気持ちを理解していないローグに呆れつつ、セラがトゥーリ達に人生最大の相談をする。




