心の強さ《Ⅰ》
男の名は、クラト・アーズヴィア――
白髪に、真っ赤な瞳を光らせ、手に持った高価な装飾が施されたククリナイフが特徴的な男――
そして、イシュルワ内でローグが最も警戒していた人物の1人。
黒竜帝と呼ばれる《橘黒》とは、違った意味で恐れていた。
「名前を聞いたのは、初めてだな。とは言え、イシュルワでじいさんと一緒に裏でコソコソとしてたみたいだな」
「まさか、私はウォーロック様の相談役です。実行に移したのも全て、ウォーロック様の意思です。まぁ、今回は私が仕組みましたけど――」
「結界を壊すのが、《仕事》だったか? それで、その後の俺達の行動が《目的》だったよな? が、結界破壊後は、《管轄外》何だよな?」
今回の侵略行為を行動に移したのがウォーロックであっても、それを決定付ける結界の破壊と言う《仕事》を行ったのは、紛れもなくこの男だ。
が、侵略行為そのものではなく。その後のローグ達の対処に動いた行動が《目的》と告げる。
にも関わらず、この男は《侵略行為後は自分の管轄外である》と口にした。
矛盾所か、何がしたいのか分からない。仕事であったから、結界は壊した。
つまり、仕事として命じられなければ結界に手を出さなかった。しかし、それでは侵略行為にウォーロックが踏み切らない。
そして、侵略行為後は管轄外と言っている割に、侵略行為後のローグ達の行動に今回の侵略行為の目的が含まれている。
「……侵略行為は、ただの1つの手段に過ぎない。目的は別にあって、その目的の結果で――この後の動きが変わる。って所だろ?」
「流石は、ローグくん。そうです。まぁ、ウォーロック様が本当に侵略行為をするとは思わなかったので……そこは、驚きました。が、所詮は人間です。小さな命の数など、気にしてられません。――私の大いなる計画の前では」
ローグが憤りを感じる。すると、隣から少女の怒りの声が木霊する。
「――ふざけるなッ!!」
涙を流しながら、イオがクラトへと怒りを吐き捨てる。
自国を崩壊させられ、多くの人がその侵略行為で命を落とした。それが、1つの手段の結果だった。
場合によっては、侵略行為ではなくとも目的は果たせた。それが、許せなかった。
自国を滅ぼしたのは、たまたまでそこに国があったからだ。そう聞こえた。
イオの耳には、グランヴァーレがそこにあったからそうなっただけだと聞こえた。
ふざけるな――。グランヴァーレに身を寄せていた多くの人々の罪無き命を奪っておきながら、その命を軽んじる言葉――
「どれだけの人が、犠牲になったと思っている。どれだけの、罪無き命が失われたと思っているッ!! 小さな幼子、未来を誓い合った夫婦や長い年月を共に過ごした老夫婦……」
イオが大粒の涙を流し、トットノークが宥めるよりもローグがイオの前に割って入る。
目の前のクラトの雰囲気がガラリと変わったからだ。
「どれだけの人のこれからの人生を奪ったッ!! 人の命を奪っておきながら、小さな命だと? 命の価値を、大小で判断するなッ!!」
ローグの静止を振り切って、イオが《トットノーク》の力を振るう。
大気を切り裂く風の刃がクラトを頭上から襲う。が、肝心のクラトはその攻撃を難無く避ける。
イオの怒りが込められたがむしゃらな攻撃に、クラトは顔色1つ変化させない。
それだけ、イオとクラトには実力の差があった。決定的なまでに、力の差が――
だがしかし、魔物の力は時に宿主に力を与え、人の域を超越する。
――魔力は『水』である。魔物は、その『源流』である。
過去の偉人や学者の言葉は、確かに正しい。
では、その水を扱う《宿主》である彼らが、宿主と魔物を繋ぐ。魔力の通り道――
水が通る《水路》を抉じ開ければ、どうなるか――
「トットノーク――ッ!!」
イオの言葉に続いて、クラトの目と鼻の先にトットノークが顕現する。
しかし、その姿は魔力の体ではない。
魔力体であるならば、淡い色の魔力に加えて実体も必要最低限保っていられない。
が、確実にクラトをその場から後退させたトットノークの斬撃は、魔力ではない。――実体のある攻撃であった。
それは、イオの感情が昂った事がトリガーとなった。
魔物と宿主を繋ぐ魔力の道は、宿主の心で大きく変化する。それは、過去に橘黒という人物が見せた。
倭で起きた前触れもない異形の襲撃、それを単身で殲滅した事も心が影響していた。
人の心は、魔物に大きな力を与える。心が弱っていれば、魔物とて弱まる
逆に、心が強ければ、魔物も自然と強まる。
――人の心が、強さを与える。魔物の強さは、心の強さである。




