王女の想い
グランヴァーレの王女は、空を眺めていた。
長い時を、中立と言う立場を守ってきた鉄壁の王国――
それが、幼い自分の弱さと未熟さから崩れた。
「お母様、お父様……申し訳、ありません。私の未熟さから、国が……」
その場に座り込んだ宿主を《トットノーク》が立たせようと声を挙げる。
だが、彼女の耳には一言も届かない。失意のドン底で、前王であった亡き両親に謝罪する。
至らない自分を許して欲しい――懇願する様に、小さな手を顔に押し当てる。
すると、一人の男が彼女へと声を掛けた。優しく、国の結界を破壊したフードの男とは別の男の声――
「なぜ、泣く? まだ、結界が壊されただけですが?」
「……誰、ですか?」
「僕の事なんか、どうでも良い。ただ、この後をどうするつもりなのか聞かせてくれるかな?」
「いえ、考えてません。でも、市民の皆さんだけは……助けないと」
もう、彼女に戦う力はない。目の前で強大な力に当てられた。
グランヴァーレの中でしか生きていない彼女は、情報として数値しか知らない。
だが、実際に目の当たりにして力の差を思い知る。自分レベルの皇帝など、皇帝とは呼べない。
実力にそれだけほ差がある。故に、こうして何もできない――
「ここに来る前に、街を見て回った。活気あるいい街だよね。でも、それ以上に……ここは、いい街だよ」
「――え?」
グランヴァーレは平和な街として有名である。活気のある街に、賑わいを見せる通りの多くで出店が開かれている。
人の笑顔と木霊する色付く活気ある声が、イオは大好きであった。
臣下達に気付かれないように、隠れて王宮から飛び出した昔――
街の人に気付かれていても、誰も彼女の幸せな時間を奪わない。
――それは、この街がこの国が、彼女を守っていたからだ。
「ここに来る道中で、君を守ろうと農具や工具を振り回すおじいさん達が居たよ。子供を背にして、この国の為に命懸けで守ろうとする人の姿に――感動したよ」
イオが王宮の大扉を開ける。臣下達の静止を振り切って、外へと飛び出す。
街の広場に集まる街の人々は、子供を背にして迫る軍勢から国を守ろうと立ち上がる。
代々続く平和な国を救う為に、一人の少女が苦しみを背負っていた。
だが、そんな彼女の為に人々は立ち上がる。ただ、笑っていて欲しいから――
「姫様を守るんだ! 俺達でも、戦えるって事を奴らに見せてやれ!!」
「平和な国なのよ……。それを、簡単に奪わせない!」
「僕達の国は、僕達でも守れるんだ!」
イオの目から涙が溢れる。一人分の背中には背負えないほどに大きな国には、少女に優しい世界で溢れていた。
奮起する市民の前に、巨大な機械兵器が空から街を潰して降り立った。
身構える人々に向けて、その機械兵器は容赦なく縦断を浴びせる。
臣下達の結界が少しでも遅れていれば、広場に集まる人は惨たらしく死んでいた。
「姫様、お逃げ下さいッ!! ここは、我らが食い止めます。街の方々と一緒に……この国の外へとお逃げ下さい」
「そんな事は許しません!! 国を、グランヴァーレを捨てる事など――」
「民無くして、王は無し!! 王無くして、国は無し!! そう教えた筈です!!」
王宮から剣を携えた《ザメル》が機械兵器を一刀両断する。
イオの護衛騎士の手腕は並ではなかった。次々と投下される機械兵器を前に、ザメルの眼光が光る。
ザメルは魔物を持たない。が、そのハンデを物ともしない圧倒的な戦闘技術と精神力でイシュルワの機械兵器を圧倒する。
一騎当千とは、まさにこの男の事であった。
萎縮し、侵略の勢いを失うイシュルワ軍を前に、機械兵器を斬った際の少量の油を振って払う。
「お逃げ下さい。……姫様、どうか」
ザメルの背には、街の人を連れて国を捨てる決断をした彼女の背中が見えた。
まだ、歩けない頃の彼女をしる唯一の騎士の目にはあの日の彼女はいない。
ザメルが息を吐いて、剣を構える。――行くぞ!! と、魂を震わせ自分を奮い立たせる。
――が、相手はイシュルワ。四大陸の中でも特に皇帝クラスの存在が多い国。
ザメル一人の力では、皇帝は止めれはしない。
一瞬で、グランヴァーレの騎士が潰される。たった一人の手によって、ザメルの心臓を貫く手は真っ赤に染まっている。
乱暴に引き抜かれ、地面に崩れ落ちるザメルを鼻で笑う皇帝の一人が、イオの背に向けて跳躍する。
だが、その皇帝は知らない。
この国に、一人の少女に命を捧げている男の覚悟を――
「力を……お貸しください。トットノーク様……」
無防備な皇帝の背中に突き刺さるザメルの剣は、彼が命を捧げている主の魔物の力が宿っていた。
大気を切り裂く轟音と共に引き抜かれた刃が、皇帝の体を塵に還す。
ザメルの最後の一撃で、皇帝の一人が消える。が、まだイシュルワには皇帝が存在する。
血の池の上で、子鹿のように震える足で立ち上がるザメルは死を覚悟した。
だが、まだ倒れない。目の前の敵を倒す為に、声を挙げて飛び出した。
かの騎士は、その生涯を幸せだったと感じた。弱く臆病な姫を置いて、孤独にする自分は許されない。
しかし、彼女は――一人ではない。




