心が哭く《Ⅰ》
かつて、黒の荒んだ心を救ってくれた人がいた。
歪みに歪んで、肉体よりも心が壊れた黒から離れずに、寄り添い続けた人達。
託された物や約束を隅へと追いやって、見ないフリを続けて拭いきれない後悔と無力さを思い出さない為に――力を振るった。
「俺は……。いや、俺達は、アイツが自分から立ち直るまで一緒に隣に立ち続ける。例え、異形だらけの地獄でもな」
黒に言葉は届かない。だが、彼らは決して黒を見捨てない。帰る場所が無い事の辛さを誰よりも知っているからこそだ。
黒の目に、彼らは映らない。が、彼女のその不安そうな顔や今にも泣き出しそうな瞳は、黒に映っていた。
「……ねぇ、黒ちゃん。この服見て、秋の新作何だけど、どうかな? 似合うかな?」
「ねぇ、黒ちゃん。この映画を一緒に観に行かない?」
「ねぇ、黒ちゃん。この新作スイーツ食べに行こうよ。黒ちゃんの好きなチョコもあるし、ほら」
「ねぇ、黒ちゃん。みんなで、たこ焼きパーティーしよう。絶対、楽しいよ」
「ねぇ、黒ちゃん。私は、あなたが好き何だよ。それを……忘れないで」
――決して、振り向かない黒に対して彼女は決して諦めなかった。
いつの日か、再び笑っていたあの頃の黒に戻ると信じて、彼女も戦った。
時に、映画の話題で話し掛け。時に、スイーツの話で話し掛ける。時に、季節物の服やアクセサリーなどで黒へと話し掛け続けた。
周りの心配する声よりも、彼女は明るく笑って振る舞い続けた。
それでも、黒は救えなかった事に彼女は1人。隠れるように、暗い部屋で泣いていた。
止まらない涙を拭って、不安から溢れて止まらない大粒の涙を袖で濡らす。
「黒ちゃん……。ねぇ、デートしない?」
とうとう食べ物にすら手を付けずに、日に日に痩せ細っていく黒を見て耐えれなくなった。
黒の妹達や双子の妹の声すらも聞こえない。両親と梓が無理矢理口に詰め込んでも、異形が出現していない時間帯は糸の切れた人形であった。
そんな姿を見て、毎日泣いていた妹達の泣き声も聞こえない。碧と茜を抱き締める母親も日に日に辛さを押し殺せずにいた。
「……前に、黒ちゃんの隊のみんなと行った。大きな湖に行こうよ……お願い……だから」
床に涙がポロポロと落ちる。俯いて、最後の希望にすがるように、その願いを口にする。
次の日には、無理矢理にでも薬で黒を眠らせる手筈だった。
心を壊した黒が完全に人格も崩れる前に、倭のトップと帝国のトップの2人が梓へと提案した。
もう、この苦しみから解放する為に――
その後、数日の猶予を儲けて、橘一族全員で決めた。この、黒への救済処置を――
「……未来。明日が最後だ。だから、悔いの無いように……2人だけの時間を……お願いだ。孫を……私のかわいい黒を…助けて下さい……」
堪えきれず涙を流して、未来にすがった梓を黒の母親が背中を擦る。
もう、梓ですら何もしてやれない。手の施しようが無い黒に、未来は最初で最後のデートへと誘った。
今まで、何回も無視され続けた未来だった。だからこそ、彼女の口からはデートへの誘いしか出てこない。
梓や母親以上に、未来には何も出来なかった。好きな人が、日に日に衰弱していく様を側で見守る事しか出来なかった。
体が壊れ、魔法で再生する様を止めれずに見守る事しか出来なかった。
少しでも、黒の負担を減らす為に仲間達と共に戦う事も出来ない。この中で、最も無力な自分に対する悔しさで涙が止まらない。
返事の無い黒を見て、未来は膝から崩れ落ちた。――が、掠れた声が聞こえた。
「………あぁ…。……アイツらと……見た景色を……君と見たい」