要塞都市国家 グランヴァーレ《Ⅰ》
覚えているのは、自分が無我夢中であった事だけ――
目の前の敵に対して、明確な殺意を持っていた。
そして、自分の内に眠っていた力が自分に手を伸ばしてきたのを感じて、その手を掴んでいた。
その力がどんな物でも構わなかった。ただ、あの女を倒すだけの力を欲した。
弱者を弄んで、命を軽んじるイシュルワの騎士が心の底から許せなかった――
「……? ここは?」
「あっ、セラさん。起きましたよ」
「良かった。無事みたいね」
毛布を手に握りながら、揺れる馬車の中で目を覚ます。ここが何処かは分からない。
だが、隣のナドレやロルトの安堵した表情から、セラ自身が非常に危険な状態であったと推測できた。
迷惑を掛けた事に謝罪をするが、2人は揃ってセラの謝罪をはね除ける。
「セラさんがあの場に居なかったら、みんな死んでいた」
「力に目覚めたから、その力でみんなが救われた。自分の不甲斐なさを痛感したばかりだよ」
「そう……。私の、力――」
セラが自分の手へと視線を落とす。体の奥底に何者かの気配を感じる。今にも内側から飛び出しそうな力の存在に、震えが止まらない。
得体の知れない力――。自分とは違ったその存在が、自分を見ている。
常に誰かの気配に晒される。ストーカー被害を永久に受けている気分だ。
「それは、力をお前が認めていないからだ。力を自分の意志で、顕現させた訳じゃねーからな」
後ろの荷台から、黒が顔を出す。荷台の隙間から前へと移動した黒が馬車を操縦する老人の隣へと腰を下ろす。
ナドレから受け取った水を一口飲んで、周囲を見回す。自分の乗る馬車も大きい方だが、中にはそれ以上になる大きな馬車が隊列を成していた。
「これって――?」
「おう、起きたのか嬢ちゃん。それりゃ、良かったぜ。こっちも魔獣から助けて貰った手前――。恩人を残して、グランヴァーレに迎えねーからな」
「グラン……ヴァーレ?」
陽気な老人の隣で、黒が世間話をしている。セラの身を案じていた老人と気さくに盛り上がる。
「私達が、これから向かう場所だよ。イシュルワからの襲撃を逃れるには、要塞都市国家しか無いから」
隣からナドレがそう付け足す。もはや、イシュルワとの戦いは避けられないという様子――
黒、ナドレ、ロルトの傷は完治していても魔力は回復していない。
ここで、再び襲撃に遭遇するものなら、今度こそ一貫の終わりだ。
それを見越して、この大陸の中で唯一《中立》と言う立場を築いた国家に向かっている。
言葉で、中立と言うのは簡単だ。が、この四大陸の中で、中立を貫くのは非常に厳しいのが現実だ。
オリンポス、エースダル、イシュルワ――3カ国や周辺国の小競り合いに加担は一切しない。
それ所か、場合によっては3カ国とその周辺国との争いにすら繋がりかねない。
中立と言う立場から、他国の争いに干渉しない。それ故、他国からの攻撃が集まりやすい。
中立であれば、自軍に引き込める。自軍に引き込めなければ、敵軍に引き込まれる前に潰そうとする。
ここ最近は、侵略行為は無い。だが、この先も無いとは保証できない。
倭と違って、大陸で隣接する国同士の小競り合いと言うのは、中々面倒うな問題である。
「まぁ、それをどうにかすんのが―グランヴァーレの皇帝様だがな」
黒が老人との会話から聞き出した《グランヴァーレ》の外交的政策に興味を示す。
「そうして、俺らが向かっている。要塞都市が完成したって訳よ。あそこの皇帝様は、俺らのような弱い立場の人を想う心を持ってんだよ」
「なるほど……な。侵略を許さない。弱者救済の為に、戦うのか――」
「他の国が、どう見てようが知らん。だが、俺らにとってグランヴァーレは天国さ……」
老人のどこか悲しげな表情を横目に、遠くに見える要塞を見詰める。
巨大な鋼鉄製の要塞が黒達の前に現れる。要塞都市と呼ばれるだけの迫力に加えて、壁の至る所に銃火器と思われる設備が置かれている。
様々な方向からこちらを蜂の巣にする事が可能な銃口の多さに驚かされるが、この銃口が向くのが異形だけなのだと黒は瞬時に分かったしまった。
「――じいさん。3人を連れて、グランヴァーレに入れ……急げよ?」
「おい、アンタは一体どうし――」
老人が馬車から飛び降りた黒に声を掛ける途中で、遥か後方からこちらへと迫る一軍を見て声を荒げる。
その正体は、イシュルワの軍勢だった。完全武装に加えて、戦車などの大型兵器を持ち出したイシュルワは――本気だ。
「セラ、ナドレ、ロルト! 場合によっては、お前らだけで相手をする羽目になる。グランヴァーレでアンプルの補給を急げ!」
要塞都市へと向かうキャラバンの列を見送り、都市への入口が閉じられる。
銃火器の照準が黒の背中と迫るイシュルワの軍勢に向く。
砂埃を上げて、黒へと迫る軍勢の中から1人の男が黒へと迫る。
「久しぶりだな。黒竜帝――ッ!!」
イシュルワの車列が停止し、迫る男が黒へと拳を振りかざす。
だが、黒へと拳が到達するよりも先に土の壁が男と黒の間に割って入る。
壁に阻まれ、舌打ちする男との真横へと肉薄した人影が拳へと集中させた魔力を爆ぜさせる。
土壁が崩れ、要塞都市の周辺に落雷が落ちる。晴れ晴れとした陽気な空からは想像出来ない落雷が、都市へと向かう入口付近の地面を穿った。
「さっきのバカの顔は、覚えてないが……。お前は、覚えてるぜ――」
「そうか、奇遇だな。俺もだ。――橘」
地面に倒れた男など眼中にない2人が、相手の前に立っている。睨み付ける様に、鋭い眼光で両者が火花を散らす。
後方で待機していたイシュルワの軍勢も気が付けば、蜘蛛の子を散らすように退散して行く。
「グランヴァーレを落とすつもりで来た訳じゃねーんだな」
「あぁ、俺らはセコい真似してお前を潰す気はサラサラねーよ。第一、お前との約束を破った俺らのメンツはボロボロだしな」
「律儀に守るとは、思って無かったけどな……」
黒とローグの2人が揃って笑い合う。いつの間にか、ローグの両隣にはガゼルとトゥーリの姿があった。
彼ら3人の実力ならば、グランヴァーレを落とすのも難しくはない。
それだけ、彼ら3人の力は強大であると言う事だ。
「で、何の用だよ? ……俺を倒しに来た訳じゃねーんだろ?」
「あぁ、俺は――本気の黒竜と真正面から戦いたい。自分達の利益しか求めないイシュルワのバカとは、違うんだよ」
「ホント、ローグは欲望に忠実よね。私の気も知らないで……」
「トゥーリのストレスの原因は、6割がローグ絡みだよね。まぁ、今回の行動には僕も同意するけどね」
ローグとガゼルの2人が黒の前に立って、魔力が巡った瞳を光らせる。
「「本気で、俺らと戦ってくれよ――」」




