イシュルワの王《Ⅰ》
全身の火傷が彼女に痛みを与える。顔を覆う包帯はこれで2回目。
全身に火傷に効果を発揮する軟膏を隈無く塗る。看護師が二人係で彼女の全身に塗っていく。
そして、その上から新しい包帯を巻いていく。その姿は、一言で言ってしまえば――惨めであった。
「くそ……くそ! 負けた……女に、負けた」
看護師の肩を借りなければ、一人で歩く事もご飯を食べる事も出来ない。
惨めで仕方がない。負けただけでなく、命を狙った敵からの情けで生かされた上で、本国に帰還している。
「……あの女は、私が殺す。必ず、殺すッ!!」
「今のあなたでは、それは不可能よ。――ニヤ・ハロンド」
自身の名前を呼ばれ、声の方へと振り返る。そこには、スーツ姿の女性が立っていた。片目を長く伸びた黒髪で隠すので、知的さが溢れている。
彼女を見た者達が揃って彼女を美しいと言う。それほどに整った顔立ちとモデルのようなスタイル――
そして、彼女自身の地位の高さを表すかのような高いヒール。そのヒールの底を鳴らしながら、ニヤと呼ばれた彼女の包帯で固められた背中に触れる。
「……でも、情けない。と、自分をこれ以上は卑下しない事ね。相手が私の予想を上回っただけの事――。それに、貴女が無事で何よりよ」
ヒールを鳴らしながら、奥へと続く通路を進む。俯くニヤは、目の前から遠ざかる彼女の背中を見詰める事しか出来なかった。
――巨大な大扉の前に、片目を隠す前髪を手鏡で軽く整える。深呼吸をしてから、大扉の前にヒールを鳴らして立つ。
ゆっくりと扉が開かれ、円形テーブルを中央に置いた会議場へと彼女は進む。
襟を正して、既に集合している顔ぶれを横目にいつもの席に座る。
少し遅れてから、看護師2人に付き添われ――ニヤ・ハロンドがゆっくりと席に座る。
「フォフォフォ……。コテンパンに、やられたようだな」
腰を曲げた老人の男が長く伸びた顎髭を触りながら、片目だけ開いて2人の騎士を見る。
ふたりしてボロボロになって、その上揃って成果の1つもまともに上げられない。
老人が杖を突いて歩き、沈黙を続ける2人の後ろに回る。舐め回すかのように、ニヤの包帯を見ている。
「――ウォーロック様、話を続けましょう。それと、ニヤもアディスも充分奮闘しました。彼らの失態は、元を辿れば情報戦で遅れを取った私の責任です」
「あぁ……トゥーリよ。君は、非常に優秀だ。それは、誰もが知っている。もちろん私もだ」
トゥーリと呼ばれた片目を前髪で隠した女性が、老人の前に立つ。無意識の内に席を立って男の前に出ている。
自分の前に立って、先程の発言に意義を申し立てるトゥーリを見て男は口角を上げる。
そのまま口角の上がった顔で目の前のトゥーリの肩にゆっくりと触れる。
イヤらしい手付きで、必要以上に肩に触れる。
思わず、反射的に身を僅かに強張らせながらも、トゥーリは必死に平静を保っている。
こんな欲情したセクハラおやじであっても、この国ではトップのトップ――最高指導者だ。
他の国等とは異なって、皇帝とは言え。国のトップは最高指導者であるこの――ウォーロック・ザムザインである。
「君の優秀さは、折り紙付きだ。が、それとこれとは関係は何らないと思うのだが?」
ウォーロックの手が、トゥーリの肩から腰へと下がっていく。そして、ピシッと着こなしたスーツの上からでも分かるほどの丸みを帯びた臀部に指先が伸びる。
トゥーリの顔が真っ赤に染まって、ウォーロックの手がトゥーリの臀部を撫でていると――轟音が響く。
音の出方を見ると、巨大な大扉が片方だけがひしゃげていた。大型トラックが猛スピードで突っ込む事が無ければ、壊れることの無い大扉。
そして、そのひしゃげた扉の向こう側からスタスタと何食わぬ顔で歩く人影が見えた。
サンダルにラフな服装で会議場へと入って来た男は自分に集まる視線を横目に見る。
この場に集まる誰よりも圧倒的に強い。それだけのポテンシャルを秘めた人物に、ウォーロックは内に秘める苛立ちを抑え込む。
めんどくさそうに、頭を掻きながらポケットからタバコを取り出し火を付ける。
普段と変わらない。この場がどんな場所であろうとも己を貫く。
その男の姿を見て、トゥーリは安堵の表情を浮かべつつも、すぐに仕事の自分に切り替える。
その男の元へと足早に近付き――平手打ちを頬に食らわせるのであった。




