アトム《Ⅰ》
イシュルワの皇帝を1人だけ倒す事に成功する。が、油断は出来ない。
イシュルワには、皇帝が最低でも1人以上は存在する。そして、イシュルワの影響を受けた《魔導国》が近付いていた。
「ナイス……アシスト。ナドレ」
「糸で外に投げ出された時は、流石に死ぬかもって思いました……」
「でも、姉さんが最後尾の列車にすぐに乗り込んだから、僕達は助かったけどね」
「弟も私も問題無かったけど、セラさん……気絶してたからね」
「……死ぬ。次は、死ぬ」
黒の咄嗟の行動に、ナドレが上手いこと機転を効かせてくれた。そのお陰で、皇帝同士の戦いでも不利な状況を変える事ができた。
前方の車両を守りつつの戦いで、ナドレの様な姿を初めから眩ませていたサポートの存在は心の底からありがたい。
アディスも黒を警戒するあまり、魔力感知の範囲外の存在まで認知出来ていなかった。
そこに勝機があると瞬時に見抜いた黒の経験と場数の多さに、今回は軍配が上がったと言える。
しかし、被害は甚大である。後部車両の半分以上が半壊または全壊している。
前方車両に被害は少ないとはいえ、何も知らない乗客からすればいつ自分の方へと火の粉が降り掛かるか分かった物ではない。
「……くそ、魔力が切れそうだ」
この中で、最も経験と場数が多い黒ですら自分の事で手一杯であった。本来なら、率先して行動して乗客や車掌を安心を行動で示さなければならない。
だが、これまで自分の魔力の多さに胡座をかいて、今の今まで、魔力が底を突く危機感を感じていなかった黒にとって、この状況は非常に厳しい状況なのは変わらない。
守るので必死。その上、彼らの心に寄り添う余裕は無い。
だから、なのか。壁を背にして、乗客の集まる3車両の中で誰よりも明るく1人1人に寄り添う彼女を見て――未来の背中を感じた。
「大丈夫です。私達が、必ず守ります」
「安心してください。皆さんに、被害が及ぶ事は決してありません」
「私が、この命に掛けても守ります」
この列車から、今から飛び降りればこの人達に危害が及ぶ危険性は格段に減る。
しかし、相手はイシュルワと四大陸の中でも良い話は聞かない国――
情報を聞き出す為に、彼らに手を出さないとは絶対の保証が出来ない。
「なら、私達で守りましょう――」
彼女――《セラ》は、この場で自分が一番役に立たないと自覚している。
だから、少しでも黒やナドレが背中を気にしなずに戦える様に、サポートに徹していた。
ついこの前まで、ただの民間人で異形や騎士との戦いすら知らないド素人であった彼女。
だが、この場で最も騎士らしいのが、今の彼女であった。誰よりも人助ける事に尽力し、力の限り人を守る。
騎士――それは、人の為に自分のすべてを掛けて守る鋼の盾である。今の力と権力に溺れた騎士とは違って、黒達の世代が活躍する以前に活躍していた《誇り》と《人々》の為に尽力した騎士の姿があった。
「ナドレ……。後ろは、任せて良いか?」
「後ろは、弟とセラさんに任せます。私は、あなたの隣で死ぬ覚悟があります」
「光栄だな。俺の隣で、瓦礫に埋もれて良いんだな」
「見てしまいましたから、騎士の……守るべき《本来》の姿を」
魔導国へと続く路線を前にしながら、黒はアトムと思われる国の城壁を視認する。
徐々に近付くアトムと近付く魔力の反応に、苦虫を噛み潰した表情を見せた黒に気付いたナドレが動く。
弟のロルトとセラに乗客の守りに徹しさせ、自分は黒のサポートへと回る。
幸いな事に、乗客の中に医者を名乗る人物が乗っていた。バッグから2つのアンプルと類似する薬品を受け取り、黒へと投げ渡す。
感謝の言葉を述べつつ2つのアンプルを仰いで、一気に魔力を補充する。全身から漲る魔力と駆け巡る細胞の一つ一つが目を覚ます。
「――ナドレ、死ぬ気で守るぞ」
「言われるまでもありません」




