肌を刺す感覚《Ⅰ》
街道を抜けて、さらに進む事半日――
大陸横断鉄道が停車する駅に到着する。そこで、目の前に飛び込む巨大な列車の姿に、セラとロルトの2人が子供のようにはしゃぐ。
セラは無理もないとは言え、ロルトが揃ってはしゃぐのでナドレは頭を抱える。
「ロルトは、セラが1人ではしゃぐのに便乗してるだけだろ?」
「見た事もない珍しい物を見て、セラさんがはしゃぐのは悪くはないですよ。ロルトとが混ざると、割る目立ちします」
「……仕方ねーよ。初めて見たんなら」
「弟は、2回目よ」
「――あのバカは、何やってんだ」
周囲の目を気にしなずはしゃぐ2人に近寄る黒が1人の男とすれ違う。
次の瞬間、男の懐から拳銃が抜かれる。
誰よりも早く気付いたナドレが黒へと走る。だが、既に銃口は黒の後頭部を狙っている。
後は、引き金をゆっくりと引くだけ――
「――黒ッ!!」
ナドレの叫びにセラ、ロルトが気付く。しかし、誰も男が黒の頭部を撃ち抜くのを止めれはしない。
既に引き金に掛けた指は確実に引き金を引く。セラ、ロルト、ナドレが黒へと手を伸ばす。
男の不適な笑みの正体は、あの誰もが恐れた黒に引導を渡せる事であろう。
引き金が引かれ、銃口から煙と発砲音が響く。周囲の人が銃声に驚き、地面へと伏せる。
3人が伸ばした腕は、そのまま伸びて固まっている。刺客の男も身動き1つ取れない。
背後であった。間違いなく、背後からゼロ距離での射撃であった。だが、黒はノールックで銃弾を指先で摘まんだ。
まるで、この位置に銃弾が来ると分かっていたかのように――
「惜しかったな……」
「――クソッタレッ!!」
男が最後の足掻きとして、拳銃を投げ付ける。黒の横を抜け、拳銃が床に落ちると――男の顔を黒が殴る。
魔力で僅かに強化された拳が男の鼻をへし折って、真っ赤な血液を吹き上がらせる。
床に倒れた男に一瞥する事なく。黒は、列車へと向かう。イヤな予感がしたからだ。
この場所に来てからか、妙な気配に敏感になっている。先ほどの刺客の動きに反応した時も肌を刺す感覚は消えない。
刺客の殺意ではない。であれば、考え得るのは襲撃者を送り込んでいたイシュルワの更なる襲撃の前触れを直感で感じ取ったのだろう。
切符を買って、個室に黒を含めた4人が乗車。車内は妙な気配は感じられない。――それが、黒には違和感でしかなかった。
(先ほどの気配が全く無い。俺が、気にし過ぎていた……? いや、あり得ない。あの感覚は、間違いなく――皇帝だ)
この列車の何処かに少なくとも、皇帝が刺客として紛れている。限られたスペースに、逃げ場など在りはしない。
そして、一般人が大勢乗車している。人質を取るのが前提ならば、これほど有益な状況は存在しない。
奴らは、黒の性格を熟知している可能性が高い。
人質を取れば、下手に手を出さないと言う甘ったれた信念を持っている。
だから、この列車に乗り込むまで、少人数での襲撃やそもそも襲撃を控えていた。
「……マズイな」
「橘さんも気付きましたか?」
隣のナドレが窓を開けて、懐から取り出した拳銃のセーフティを解除する。
ナドレの突然の行動に、セラ、ロルトの2人が遅れて肌を刺す感覚に気付く。
扉の前で黒が立つ。その後ろに、ナドレが隠れる。両サイドには、セラとロルトが背後を警戒する。
「……真っ昼間から、大勢の民間人を前にやりあう気か?」
黒の問い掛けに反応は無い。だが、黒には分かっていた。扉の前で気配を感じさせずに立っている強者に――
セラ、ロルトの頬から汗が流れる。2人は気配の欠片も感じ取れてはいない。
が、ナドレの異様な警戒心と黒の顔から余裕が消えている事には気が付いた。
「えぇ、黒竜帝と密約を交わした皇帝とは……私は、別の皇帝ですから――」
その後の黒は誰よりも速かった――
ナドレの腕を掴んで、セラとロルトを魔法で造り出した糸で縛る。
そのまま3人を魔力で吹き飛ばした窓から外へと投げる。走り出した列車の外へと投げ出される3人が見た光景は、凄まじい形相の黒が大量のアンプルを取り込む姿――。
そのすぐ後、黒の体の一部が――弾け飛ぶ。




