憧憬《Ⅱ》
傭兵不法都市は、高い城壁に囲まれている。そして、壁を越える程の巨大な塔を中心に都市がある。
その上、エースダルの中央都市とは別に、一段下の下層都市と呼ばれる中央都市をぐるりと囲む巨大な都市が形成されている。
それこそが、エースダルが傭兵不法都市と呼ばれる由縁。
一段上の中央都市には、一般人と都市維持に欠かせない重役や軍人が住んでいる。
そんな中央とはうって変わって、下層都市には他所から集まった《冒険者》や《荒くれ者》達が日夜騒いでいる。
これが、傭兵不法都市の由縁。中央都市以外の全てに法は存在しない。
ただ、傭兵都市としての建前があるから、傭兵が減るのは困る。だから、殺人は禁止されている。
それ以外の法は、原則下層都市には存在しない。治安が最悪な傭兵都市の絶対王者が大勢の部下を引き連れて、塔から降りてきた。
「……状況はどうなの?」
「はッ! 1時間前に連行した違法入国者が暴れたとの報告を受け、国境警備隊のエドワード隊長が交戦していると――」
「そう、エドワードなら問題ないわ。それよりも、中央への被害が予想されるわ。すぐに避難勧告を出して、それと万が一中央に被害が出るようなら……下層に落として」
「は!!」
赤と黒を貴重とした軍服を羽織った少女が、腰の軍刀を抜き身で地面に突き刺す。
杖のように両手を柄に置いて、僅かな地面の振動を軍刀で感じ取る。
次第に揺れが増していく。慌てる部下を一喝し、地面を吹き飛ばして出現した2人を視界に入れる。
本気で衝突する2人を前に、兵士達は畏縮する。そんな部下を見て、呆れる彼女が地面から軍刀を抜く。
エドワードと黒の2人が火花を散らすの他所に、彼女の軍刀が砂塵諸とも2人を一刀両断する。
「安心しろ。峰打ちじゃ……何てね」
吹き飛ばされた砂塵の中から、腹部に深傷を負った黒とエドワードの2人が地面に真っ逆さまに落ちる。
鞘へ軍刀を締まった彼女が部下に命じて2人を医務室へと運ばせる。
1人残った彼女は、物珍しそうに2人が飛び出した穴を覗き込む。
黒く渦巻く魔力から、一体何処の誰の魔力なのかは一目瞭然。不適に笑みが溢れた。
「そう、流石ね。エドワード」
その場を足早に後にし、塔のエントランスの職員に地下牢獄の修繕を命じて最上階へと続くエレベーターに乗る。
手元の手帳の最後のページに記載されている。憧れの騎士団長欄のトップには、黒と未来の名前が記されている。
「あぁ、橘様。2年前と変わらずの魔力に、エドワードを相手取る手腕……。あぁ、流石です」
軍服を脱ぎ捨てて、まるで踊るかのように風呂場へと向かう。
鼻歌交じりに全身を隅々まで洗ってから、新しい軍服へと手早く着替える。
化粧や髪を結って、完璧な自分を鏡で確認する。
「――黒ちゃんが、来たのかな。カエラちゃん?」
《カエラ》と、名を呼ばれると透かさずその場で跪く。
顔を上げずに、軍帽を床に置いて目の前の男の質問に答える。
ゆっくりとカエラが目線を上げる。椅子の上に座って、考えにふける男に無礼だと知った上で、カエラは質問をした。
塔の最上階と言う事もあって、夕焼けが大きな窓から差し込む。
夕焼けを背にした男は笑みを浮かべる。赤色の髪の毛がトレードマークの男は、鋭い犬歯を隠す事なく笑った。
そんな彼の笑みを見て、カエラは頬を赤く染める。憧れの相手は、何も1人とは限らない。
そして、カエラの憧憬の対象は複数人存在する。
正確には、1つの騎士団の創設に携わった。創設メンバーが、彼女の憧憬対象である。
それは、カエラの前に立っている彼の事でもあった。
《黒焔騎士団》所属――副団長補佐――
階級《大公》の称号《鮮血》を有する。
黒焔騎士団創設メンバーの1人にして、2年前の大規模作戦にて戦場を駆け抜けて、戦死したとされている――《暁叶》――




