憧憬《Ⅰ》
不法入国と見なされ、両手に手錠を付けられる。
両手首に感じる鉄製の手錠が、ジャラジャラと護送車の揺れに合わせて音を立てて揺れる。
「まさか、捕まるとはな」
護送車の向かう先は予想が付く。エドワードが所属する国《傭兵都市》の中心地だと推測できる。
そもそも、囚人と言う名目なのかも怪しいのがこの護送車である。
「なぁ、俺だけの為に随分と金がかかってるな?」
「……」
「……無視か、だよな」
全身を武装した男と2人だけの車内で、1時間以上も揺られる。
巨大な門が開閉される音で、ようやく都市内部に入ったのだと分かる。
それまでの情報は一切なく。
車が止まって、扉が開けられると共に黒が大柄な男2人に腕を掴まれ持ち上げられる。
さながら、悪さをした子供にこれから説教をするかのように、黒を両脇から持ち上げる。
2メートルは越える巨体2人に持ち上げられるので、まるで黒が子犬のように見えてしまう。
「なぁ、人を雑に扱い過ぎじゃないか? 」
抱き抱えられた子犬もとい、橘黒が呆れ果てた声でもう一度両隣の男へ声をかける。
むろん、帰ってくる返事は1つもない。それ所か、気が付けば自分が地下と思われる地下牢獄手前に居る事に気が付く。
都市内部と思っていたが、まさかの地下牢獄へと連行されていた。幻術の類いと見て間違いはない。
地下だと認識するまで、黒の体感ではそう時間は経過していない。
車から下ろされてから、そう時間は経っていない。
「地下で、拷問か?」
「はて、それも良いかもしれないな」
声の方へと振り向き様に蹴りを入れる。
背後へと迫っていた刃先を足の爪先で弾き、黒は後方へと後退する。
視界にエドワードの影があり、その目は本物――
言葉を交わす事なく。腰の軍刀を抜いて、軍帽を捨てたエドワードが腰を僅かに落とす。
呼吸を整え、軍刀を構える。
エドワードが地面蹴って、黒へと肉薄する。そう、黒は予想した上で黒の動きを上回る速さ。
事前に動きを予測していた黒の動きを越えて、エドワードの軍刀が黒の腕を切り付ける。
「――その程度、ではないだろ?」
エドワードの殺気が黒の危機感知を刺激する。
振るう軍刀が地面や天井を切り裂く。数多の斬撃が黒をじわじわと追い詰める。
エドワードも並みの騎士ではない。そんな事は、黒も理解している。
だが、これまでのエドワードとはかけ離れた異常とも呼べる執念が感じられる。
一刀一刀が、渾身の一撃と錯覚してしまう。エドワードの軍刀を前に逃げ回るしかない黒の姿を目にして、エドワードが歯軋りする。
「――貴様は、逃げるのか!!」
上段から振り下ろした軍刀が黒を吹き飛ばし、一撃の大きさは先ほどとは比べ様がない出力に目を疑う黒。
この2年を無駄に生きていた黒とは異なり、エドワードは数多の異形と単身で戦った。
妹を信じて、黒の騎士団に委ねた。最後の手紙で、大規模作戦の恐怖を綴っていたが、黒を心の底から信じていた。
――それが、この様か。
エドワードの胸の内にあるのは、妹の信じた憧憬の存在がこの程度だったのかと言う憤り。
妹が最後まで信じていた。そんな存在を自分も信じ続けたかった。
だがしかし、自分の実力程度で逃げ回る腰抜けだった。
エドワードの憤りは、そんな黒の情けない姿だけでなく。その無様をこれ以上晒すなと言う思いでもあった。
例え、妹が信じた憧憬がこの程度だったとしても、妹に誇れる姿であって欲しかった。
「……お前を憧憬だと、信じたバカがいた。ソイツは、お前の背中を見て付いていった。それが、この様か? 魔力を失った程度で何一つ事を成せない奴なのか貴様は!! 示せ!! 俺に、証明しろ!!」
軍刀に纏わせた魔力の質が更に増していく。黒を吹き飛ばした一撃とは段違いの力。
再び上段へと構えた軍刀を振り下ろし、巨大な斬撃として放つ。
地面は斬撃で割れ、天井が崩れる。地下空間を沈める斬撃が黒へと放たれる。
傭兵都市にて、地震が起こる。建物が崩れる事はないが、何度も続く地震に住民の不安が募る。
都市中心部の巨大な塔の最上階で、1人の女性が呟いた。
その言葉に頷き、その場を後にする部下の背中を横目に溜め息を溢す。
「エドワード・コルニス……私との約束は、守りなさいよ?」




