乙女の花園《Ⅰ》
ここは、星の水女学院――
北欧領域で唯一の女学院である。
全校生徒のすべてが当然――女子である。時々、退学や停学で顔を見なくなる生徒が居る。
でも、それはどの学び舎では普通である。
多くの生徒がよく集まる憩いの場――《レストラン》――
朝、寮で身支度を整えた生徒が朝食を取る場所――
授業を受けるまでの間、暇をつぶす場所――
そこは大勢の生徒が集まり、講堂以上に開放的で広い場所である。
高い所では、建物の3階が丸々はいるほどである。そんな広い場所で一人の女子生徒が不機嫌であった。
「……ズズッ……」
レストランの丸テーブルに座って、友人と共に仲良く食事を楽しむ。
筈であった――
購買で買ってきたパック飲料のストローを噛む。そして、中身をゆっくりと口に運ぶ。
次第にパックは潰れ、中身は完全に彼女の中へと消える。
そして恨めしそうに、少し離れた所で車椅子で居眠りをする黒を睨んでいた。
それを同じテーブルに着いた友人2人は、面白そうに笑って見てる。
「ねぇ、リディ……その頭のお花……可愛いよ」
「うんうん、似合ってる……プフッ――」
彼女の名は《リディ・シャルベルド》――
かつて、北欧の地で剣術で頂点を極めた――とされる一族の生き残りであり、その血筋を色濃く継いでいる。
そして、彼女の短髪ブロンドから生えたキレイなお花が今日の朝日を全身に浴びて元気良く育っている。
通常、頭頂部に植物は自生しない。
当然、黒が魔法で無理矢理植えたものである。
それは、単純な嫌がらせでもある。
が、これはれっきとしたバツでもある。
初日からの遅刻は多目に見たもののそれ以降も遅刻が重なった。
その件に関して、黒は怒鳴ったりはしなかった。
ただ、リディの頭に黙ってこの花を咲かせた。
身体に害は無く。ただ、恥ずかしいだけの花である。
「……」
恨めしそうに頭の花を触れば、頭の揺れと連動して花が左右に揺れる。
遠くからでも誰が見てもまず先に花が目に入る。
クラスメイトの仲の良い友人達が彼女の頭を指で突っつく。
そんな事をすれば、揺れる花がさらに激しく揺れる。
「触んないでよ……」
「あれ? 愛着湧いた?」
「綺麗な花だもんねー。大事に育てないとね」
「もう、2人とも嫌いだ――」
リディが茶化す友人からそっぽを向いた。
この頭の花は確かに恥ずかしい。が、この学院には2つの意味でそれを見る者がいる。
恥ずかしそう。と、笑っている者たち――
高度な魔力操作、練度で成せる。高等技術だと見る者たち――
リディは気付きはしないが、黒のこんなどうでも良い事ですら視点さえ変えれば凄まじい事なのだと理解できる。
魔力を離れた所から、既に手から離れた魔力を操る。
その上、少量の魔力で枯れる事なく。その魔法で生み出された現象、存在を維持し続けている。
それを妬む者もこの学院には、少なからず存在する。
魔法を極め、不特定多数の魔法の同時使用――
生まれ持った特異的な魔力量による。リスク、デメリット、体への負荷を魔力に押し付けるデタラメな特技――
黒のような恵まれた存在は、時に妬みの対象となる。
それは、女性だけのここ《星の水女学院》であっても――同じ事である。
さらに付け加えるとすれば、その逆の存在もいる。
魔力の量、質、練度や濃度など――
生まれた時点でほぼ決まっている様な《魔力量》とは別に、質や練度、濃度などは鍛練と努力で補える。
その《努力》――と言う面では、才能が大きく隔てたりとなる。
落ちこぼれ、天才――
ここが、乙女の花園であっても――この隔てたりは変わらず存在する。
頭頂部で揺れる綺麗なお花を恥ずかしそうにしながら、両手に抱えた参考書を大事そうに広い通路を進む。
巨大な窓から射し込む陽の光、時折眩しそうに彼女を照らす。
頭の上で光合成する花が窓ガラスに反射して、少し彼女の口元が緩んだ。
「……お花を育てるって、こんな感じかな?」
花の光合成を終えて、目的の資料室へと向かう。
扉をゆっくりと開けて、中で黙々と作業する先輩、後輩――教師達とすれ違う際に軽く会釈を返す。
静寂に包まれた資料質の奥で、長テーブルに資料を置いて日課の自習の時間を作る。
「よし……今日は、ここにしよう」
大きな参考書――俗に言う《魔導書》を広げて、難解な文を眉間にシワを寄せて読み進める。
難解な文、難解な言語は彼女には少し難しい所所があった。
時折席を立って、参考資料を集めて魔導書の内容を地道に解き明かす。
多くの人が、解き明かした内容を《実習棟》や《訓練棟》で実際に試す。
多くの生徒が自主的に魔法を試す中で、彼女は書物の解読だけで――満足していた。
「へぇー、魔力を可視化させるほどの魔力を応用した。今で言う《ホログラム》の起源……元々、こんな魔法だったんだ」
心の奥底で、本音が溢れる。
――いいな。
――楽しそう。
――面白そう。
彼女は、魔力量が少ない。だけでなく、操作に関する素質が乏しい。
小中共に、魔力適性は上下を繰り返すものの変化量など雀の涙程度で、殆どの魔力に対する適性が乏しい。
唯一、強化や魔力自体を纏う事に関してのみ適性は人並みである。
身体強化に関してであれば、練度も魔力量も黒の認識では合格ラインであった。
上級生へと上がって、新入生である後輩をクラスメイトと共に回っていたあの日が脳裏から離れない。
突然の警報、告げられた侵入者の存在――
竹刀片手に校内を走って、後輩の盾になりながら侵入者であった黒へと挑んだ。
侵入者騒動はただのテストで、訓練のような物であった。
だからこそ、黒の言葉が脳裏から離れない。
「竹刀――例え、真剣でも私の力じゃ……この先は、厳しいのかな」
目の前で自分の剣を使って、放った黒の斬撃の凄まじさに目を輝かせた。
身体強化はもちろんの事――魔力を斬撃に乗せた。
言葉にすれば簡単だが、リディにとっては空に打ち上がる花火のようにその光景に感動すらした。
実際は魔力を剣に纏わせて、前方に投げているだけで練習さえすれば誰でも出来る。
ただ、魔力量に比例して濃度、質が向上するので、黒レベルを実際に扱うのはほぼ不可能に近い。
だからこそ、思ってしまう。
「……私も、やってみたいな」
抑えきれない。願望――
目の前で見てしまった事による渇望が、何度も抑えても止まらない。
既に才能が乏しい事は分かっている。
魔力に対する適性が人よりも低く、黒のようには決してなれない。
それどころからそれよりも下の位に位置する騎士にすら並び立てない。
同世代の仲間達が歩く道を少し後ろから眺めるしか出来ない。
それでも、あの勝負に心を踊らせたのは事実であって、嘘にはできない。
憧れが、さらに熱を帯びる。
幼い頃、夢見て憧れた。輝く背中を――
「まぁ、でも……魔力がないからなー」
本を閉じて、返却する。
どんなに熱心に解読して、知識を溜め込んでもそれを実際に力にして扱えはしない。
例え、記された魔法が手品や余興程度のチンケな物であっても、彼女が扱える魔法ではない。
昔の魔法ほど、消費する魔力や要する操作技術が高い。それを知っていても彼女は――知識を溜め込む。
いつの日か《魔法》と呼ばれる贈物が、使えるようになる事を祈って――




