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難攻不落の黒竜帝 ――Reload――  作者: 遊木昌
2章 王冠に願う果てなき希望――【湖上に馳せる麗しの『乙女』達】
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星の水女学院《Ⅲ》



質問、それが来る事は分かりきっていた。

あの大立ち回りをして、何一つ質問もなく。教師として明日から講義を始めます。

――なんて事になったら、彼女達の頭が問題である。

適応力が高い所の問題ではない。

黒、未来がカバーする必要すらないほどに逞しい生徒達と言う認識になる。


そうなれば、日神の言っていた「ここの生徒は、弱くない」――が、強さと言う意味ではなく。神経の図太さと言う解釈になる。

が、半ば怯えながらも黒の目の前で彼女が立ち上がった事でこの場の不穏な空気が断ち切られる。


「いいぞ。何が聞きたい?」

「……アナタは、私達を本気で……殺しに来ましたよね?」

「……あぁ、あの茶番(侵入者騒動)の話か? 表向きは、実力を測る為の抜き打ちテストって言ってあるが?」

「そうではありません……あの場で、面と向かった全員が思っている事です……アレが、テスト(茶番)ではなかったら――」


――あぁ、理解できた。


なぜ、彼女達の不安そうな目が痛く突き刺さるのか――

彼女達は、かつての仲間と重なる。

(ウォン)、エレメナ、ユーナ。かつての同胞、かつての友――彼らの背中と重なる。


テストではなかったら、自分達は手も足も出ないまま死んでいた。

養成所で学ぶ彼女達は、忘れていたが――《騎士》だ。多くを助け、多くを護る為に今日も学ぶ生徒である。

学ぶだけでは分からない。実際に目の当たりにして、現実を見る。

結局、人は目先の恐怖には勝てない――


「……怖かったか?」

「――え」


黒が教本をパラパラとめくってから、クラスの全員に尋ねる。


「あの場に実際に立った筈の全員に聞きたい……怖かったか? あぁ、挙手はいい。ただ、胸に手を当てて聞いてくれ」

「……」


クラスの大半が黒から目を背けてしまう。そんな表情から、大体は予想できる。

だが、黒はそれで満足であった。

恐怖は、恐れる事でしか芽生えない。

失った怖さ、痛みを負う怖さ――

それは何でも良かった。ただ、本質を見誤って欲しくはなかった。


「――結局、騎士ってのは誰かを救う仕事だ。その誰かを救う為には、誰かを失う《怖さ》を知らないといけない。何でもいい、失う怖さを学んで……護る為に動く勇気を学べば」

「……」

「――この場の全員が、あの場で怖い。そう思った時点で、俺の思うテストには合格している」


失う怖さを知っていれば、失わない為に動く勇気を学べる。

動ける動けないの前に、それを知らないといけない。


失って、怒りに任せて力を振るうだけでは――人は、間違ってしまう。


それは、自分がよくわかる。

悲しみから伏せて、立ち上がれずに込み上げるものを呑み込み押し殺し、結果的に全てを失う事もある。


一歩、小さな一歩を踏み込むだけでも勇気がいる。

その一歩の行き先と踏み込む《勇気》の使い方と作り方を教える。

あくまで、魔法や薬学はその一歩の手段に過ぎない。魔法で誰かを守り、助け、癒やす。

薬学で倒れた者を治療し、真っ暗な道を明るく照らす――


かつて、未来がしてくれたように――



「お前達は、これから学べばいい。あの場で、怖さを知ったのならば……本当に、騎士を目指していいのかも視野に入れろ。俺は、その場その場で自分がすべきは事の選択肢(・・・)を拡張してやる。1つできれば、一人を救える。2つなら、その倍の人を救える」

「……それが、2人なら――」

「――いい線言ってるな」


思わず声を出した生徒に笑みを浮かべて、絡まった緊張を解すように話の最中に描いた方陣、片手による手印で簡単な魔法を発動する。

部屋全体に広がる華やかな花の絨毯、草原に吹く風、草木の香りが生徒の心を解す。


「魔法、何も治療や攻撃に使う訳じゃない。こうして、視覚、嗅覚、聴覚を意図して惑わして脳を狂わせる。そうすれば、こうして――リラックス効果を与える事も出来る」


黒の魔法によって、反強制的に張り詰めた糸を弛ませる。

絡まった糸を一つ一つ解き、綺麗な状態へと戻す。


「……キレイ」

「すごい、本物みたい」

「花、触ったら本物の感触がある」

「風が、気持ちいい――」


席を立って、黒の作った幻によって心が少しでも軽くなる。それなら良かった。

これからの事を考えれば、早めに自分の実力を知るのはいい機会である。

自分に何ができて、何が出来ない。それを深く知る事が最も大切である。

その手伝いを自分はする。今、この道を進めば確実に大きな戦いの渦中に有無を言わせず巻き込まれる。


それは、どの国でもどんな大国でも――


結果的に国が残っても、その地に生きる者達があってこそ国は成り立つ。

この場にいる者達は、その大事な苗である。

黒のような樹木は、苗木を育てる為の――宿り木にならなければならない。

リラックス効果を満喫する生徒達を見回してから、名簿に記載された一人の名前に支線を落とす。


「……リディ、この子だな――」


名簿を閉じて、教室の外から聞こえる急ぐような足音に感付いて、黒が教卓の近くにあった椅子に腰を掛ける。


「――ごめんなさいッ!! 初日から、寝坊しました!!」


勢い良く開かれた扉の音で、幻想空間が崩れる。

元の現実に戻って、周囲を見回すクラスメイトとリディとが困惑する。

短髪のブロンド、指定の制服を着崩すことなく着用している。

淡い白の瞳は、何処となく危険な力を感じる。

教卓の名簿と顔を照らし合わせて、名簿を閉じて空いている席に座るように告げる。


「リディ――だな? 遅刻だ。とは言え、ただの挨拶だからカウントはしない。……次は、カウントするぞ?」

「……え、えっと、は……はい」

「――全員、席につけ。自己紹介は済んだが、もう一度しておこうか」


黒の自己紹介後に、もう一度質問をする。

すると、先程の空気が嘘のように生徒の質問が黒を襲う。


「あの女性教師って、恋人ですか?」

「日神学長と親しげでしたよね? どの様なご関係で?」

「……まさかの三角関係? フヘヘ、薄い本が厚くなる」

「先生って、何歳ですか? 見た感じ、自分達と大差ないですよね? もしかして、そんなに違くないですか?」

「事前情報だと、倭の騎士だそうですよね? 倭って、あの黒竜帝(バハムート)と面識はありますか? 先生も皇帝ですよね?」

「シャウ様との戦いを見て、確信しました。先生って皇帝クラスの騎士ですよね? あの、黒竜帝ってどんな人ですか?」


質問の嵐――中には、倭の騎士という事で、黒竜帝の話題が聞こえる。

やはり、海を隔てた向こう側の国では黒竜帝の名前だけが伝わっており。

その人物の詳しい事は知らされていない。これが、この世界での1番の問題点である。

現時点で、情報が偏って停滞している。

停滞していると言う事は、現状では後退しているとも言える。

既に戦いは始まっていて、情報が無い自分達(黒や他皇帝)との連携はやはり難しい――


――だから、こうして足を運んでいるのだろう?


脳内で、バハムートが語り掛ける。

この質問攻めの状況を面白可笑しく楽しんでいる。


(あぁ、だから――他の皇帝や王達と、同盟関係を構築するんだよ)


嵐の様な質問攻めの中で、 ただ一人黒へと指を指して告げる。



「――この人が、難攻不落(ルーゼ・バラク)だよ」


教室が凍り付いた。黒の目線の先で、席に付いていた一人の女子生徒が続ける。


黒髮、腰まで伸びる長髪。宝石のような美しい黒髪はよく手入れでもされているのだろうか。

そして、どこか黒の中でその黒髪が――引っ掛かった。


どこかで、似た(・・)ような髪を見ている。そんな違和感と共に、彼女の言葉に耳を傾ける。


この人が、難攻不落の黒竜帝だよ――と、黒へと指を指しながら全員の疑問の答えを告げた。

圧倒的な情報量を知っておきながら、黒の前で同等と語れる度胸には称賛したいほどであった。


――聖王側の人間じゃない。


黒、日神、聖王の敵勢力が今目の前に立っている。その可能性を黒は抱いた

黒の鋭い眼光を前にしても、彼女は顔色1つ変えない。


「あの場で、本気は出してないつもりだ。……だからこそ、素人目には『あの人、皇帝かな?』ぐらいの認識止まりになる手筈だったんだがな――」

「知ってるから……言ったんだ。私は、オマエを――知っている」

「へぇ、それは――敵として(・・・・)か?」


変わりだした筈の空気が元に戻る。いや、さらに悪化したとも言える。

リディやその他の生徒達が黒とその生徒を交互に見る。とても、質問どころの空気ではない。

生徒名簿に手を伸ばして、ページを捲るよりも先に小柄な彼女が太ももに隠し持ったナイフを指先で摘んで、そのまま遠心力を加えて投げる。

ノールックでそのナイフを指で掴んで、黒塗りのナイフを見る。


「――!? ……この、ナイフ」

「見覚えが、あるはずだ。それは――姉さん(・・・)の物だ」

「――櫛林(くしば)の妹か」


黒がナイフを教卓の上に置いて、櫛林と呟いてから手元の名簿にある名前と照らし合わせる。

そこには、櫛林の名前があった。完全に見落としていた。


「櫛林、紅羽(あかは)……か――紅羽さん。先生にナイフを投げるなんて、行儀が悪いぞ」

「黙れ! お前達が、姉さんを殺したんだ!」

「死んだ? 確か、昏睡状態って話だったが――違うのか?」


ギリッ――と、歯軋りする紅羽が飛び出そうとする前に教卓を薙ぎ倒して、上に置かれたナイフを投擲する。

紅羽のすぐ真横を抜けて、壁に突き刺さったナイフが全員の動きを止める。

紅羽が1番後の席だった事が幸いとなって、誰一人頬を掠る事はなかった。


「――櫛林、1つだけ言っておく。この程度ならば、姉の復讐を望みなら無謀だ。……それに俺は、櫛林の最後には(・・・・)関与していない。復讐の相手なら、他の奴を当たれ」

「……ッ」

「それに、櫛林が倒された相手にお前(紅羽)が勝てる保証が、どこにある」

「……」

「相手は、俺達(王の世代)と正面から殴り合える奴かもしれないんだぞ? それが、1人2人……もっともかもな」


机を直して、教卓の上においた荷物を拾って残りは自習とだけ告げて教室を後にする。

沈黙が続く教師と最悪な滑り出しをした黒が、頭を掻きながら端末を叩く。


「……(あかつき)、か? 相談したい事がある。あぁ、簡単な話だ。――櫛林の妹がいやがった」

『――それ、本当?』

「……マジだ。俺に、ナイフを投げやがった」


端末の向こう側からケラケラと暁の笑い声が聞こえて、その後少しして『こちらでも対応する』――とだけ告げて、暁が一方的に通話を切った。


「……滑り出しは最悪な上に、生徒にも問題や引っ掛かる点が多い」

『むぅ、櫛林……あの女の件は、最も慎重に扱うんだぞ?』

「分かってる……俺も、八咫烏(ヤタガラス)を敵に回したくはない。だから、暁に連絡したんだよ……現役、八咫烏のエージェントさんに、な」


廊下を進む黒の足は、職員室へと向かう。

明日の授業を考え、内容をまとめないとならないから――



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