新人類《Ⅰ》
一人を除いて、他の医者を残らず始末する。
スラムの片隅でドラム缶の中へと入れられ、そのまま薪と共に燃やされる。
生き残った医者を肩に担いで、黒は何食わぬ顔で街へと戻る。
大通りを行き交う者達の目には、頬に血を付けた黒が写る。セラの家の扉を開けて、大きなテーブルの前で集まっていた者達へ土産を渡すかのように気絶した医者を投げる。
「軽く尋問した。でも、肝心な部分は、一切喋って無かったな」
「ちょっと、この人ってお医者様でしょ!! えっ、何で尋問なんか――」
「コイツらのお仲間が、この街に毒をばら撒いたからだ。データ収集と称して、ケガの治療や診察をしていた。違うか?」
黒が床に投げ落とされた衝撃で目を覚ました医者に尋ねる。
何がどうなっているのか分からない彼は辺りを見回す。自分を取り囲むのは、屈強な男達であった。
自分がこれから行われる事について、恐る恐る尋ねる。その質問の答えに、セラが男の顔を踏みつける。
グチャ――と、音がした後に、コロコロと前歯の1つが黒の足下に転がる。
「あぁ、可哀想に……前歯が1つ無くなっちまったな」
「――話して、何の目的で私達をモルモットにしたの……。答えろ!!」
「セラ、落ち着け」
「うるさい!! 私の母さんは、体が弱かった。幼い私を生んで、さらに悪くなった。それでも……それでも、私を育ててくれた。この街で産まれたとしても、黒の言う毒が無ければ母さんはまだ生きてた!!」
憎しみに動かされたセラの憎悪に染まったその瞳を見て、黒はかつての自分と重ねる。
仲間を失って、自分と異形を憎んだ。憎んで憎んで、憎み続けた結果――
自分が残された意味を知った。
「セラ、悪いが殺すのは無しだぞ? あー、ボコボコに楽しんだ俺が言うのも何だが」
「フー……そうね。今回は、見逃してやる。でも、今度から尋問する時は、ちゃんと私も誘ってよね」
男達が医者を机の上に叩き付け、手足を鎖で拘束する。
小さな電球が、風に揺れるので雰囲気もより1層怪しく感じる。
部屋の隅で、壁にもたれ掛かったセラを横目に刃こぼれした手斧を片手に、黒は自分が聞いた話をこの場にいる全員に聞かせる。
その上で、黒は自分も聞かなかった最後の質問をする。
「――誰が、この製法の毒を造らせた。男か? 女か? それとも……新人類か?」
「お前、新人類をしているのか!?」
「新人類って?」
「そう言って、自分達だけのグループを作った奴らが居るんだよ。男か女かも分からん。……不気味な連中だがな」
男の見るからに怪しい態度に、黒が手に持った手斧を男の顔の横に叩き付ける。
テーブルに刃が深く刺さり、男の怯えた表情を他所に顔を数回殴る。
顔をテーブルに押し付けて、無理矢理横にした顔に拳を叩き付ける。
テーブルが2人の体重で軋む音と一緒に、顔がグチャグチャになっていく生々しい音も響く。
「……名前ぐらい喋れるだろ? 誰だよ」
「……し、知らない。ホントに……名前は知らないだ」
「嘘付くなよ? こっちの新人類ってワードで明らか動揺してたよな?」
「……ッ!? ち、違――」
「――嘘付くなって、言ったよな」
テーブルの斧を取って、真後ろの窓へと黒が投げる。窓ガラスを突き破って、離れた位置からこちらを狙っていた誰かに突き刺さる。
痛みからその場に倒れ、うめき声を挙げる。
「……やっと、釣れたな。セラと残りの奴らでソイツを見張っててくれ。それと、この小瓶はセラが持っておけ」
「何コレ? 血、薬?」
「昨日の夜に、他の奴らを尋問して聞き出した。毒の中和剤で、俺の血をベースに作った。数が無いから、老人と体の弱い奴らから使え」
「……わ、分かった」
窓から身を乗り出して、血痕を残しながら必死に逃げる敵を暗がりでも捕捉する。
地面に落ちていたパイプを蹴り挙げて、指先に込めた僅かな魔力でパイプを弾く。
――カーンッ!!
カン高い音を挙げて、回転しながら逃げる敵の肩を掠める。
鋭利なパイプが突き刺さらなくとも、掠めた程度でも痛みは計り知れないだろう。
泥状にぬかるんでいた地面で転倒し、泥まみれになった敵の頭上から黒が追い付く。
頭を掴んで、建物の壁へと投げる。壁に背中を打ち付けて、立ち上がろうとする者の頭を壁に押し付ける。
「聞かせて、貰えるかな? 指示を出した人物の名前を」
「……言う訳無いだろ。それに、我々の目的は……お前だ!! 《橘黒》ッ!!」
「――ッ!?」
壁に押さえ付けていた男が、懐から小瓶を取り出し黒へと投げ付ける。
咄嗟に後ろへと逃げた黒だったが、背後に迫った伏兵によって後ろから掴まれる。
後ろからの対処に気を取られ、先ほどの男が投げた小瓶と同じ小瓶の液体を浴びてしまう。
直ぐに、その場から黒は離れる。――が、液体が直ぐに気化する。
肌や網膜に液体が入り込み、気化した蒸気にやられる。顔を押さえて、もがき苦しむ黒を立て続けに薬品による攻撃が襲う。
次々と投げられる薬品を全身に浴びて、その場で毒による全身の激痛に苦しむ。
優越に浸る敵を前に、黒は油断した彼らの首から上を蹴り1つで薙ぎ払う。
地面や建物の壁に、肉と血が付着し真っ赤に染め上げる。
「……くそ!! こんなに痛いのは、妹の試作品を菓子と思って食べた時以来だ。……いや、それよりも酷いな」
全身から蒸気が立ち込め、尋常じゃない量の汗が流れる。
足音と気配から、さらに増援が黒の元へと迫る。
逃げる黒が、隣の住居の窓を突き破って溜め桶の水を頭から浴びる。
僅かでも液体を洗い流すと、住居の扉を蹴破って来た者を扉諸とも、拳で吹き飛ばす。
魔力探知によれば、既に街の住民は騒ぎとセラ達によって避難がされている。
であれば、今の黒が取るべき行動はこの場で、戦う事――
一人でも多くの敵を引き付ける。セラに渡した薬が、外で毒に耐えられない者達に行き渡る時間を稼ぐ。
先ほどの者達とは異なって、しっかりと武装した敵の多さに自然と笑みが溢れた。
少なからず、この者達は自分を狙っている。だとすれば、時間稼ぎと気付かれても直ぐには奥へと行くことはないだろう。
構えた黒に合わせて、敵が身構える。
一歩踏み込む黒に、敵の一人が合わせる。
凄まじい速さの殴打から、防御を崩される。たった数秒で、黒は一人を潰す。
魔力を失って、毒を全身に浴びてなお。この強さに、敵は生唾を飲み込む。
目の前の化け物に対して、畏縮してしまう。だが、それでも各々が武器を構える。
この場で殺す。ただ、1つの目的の為に――




