終戦《Ⅱ》
シャウ・ランは、北欧領域の皇帝――。それも地位の高いレベルである。
皇帝だからと言って、必ずしも地位が高いとは限らない。
その者の実力が高くともその地位に見合った品格や知性も必要である。
その為、黒や翔のように、他の皇帝よりも力のある者であっても1騎士団の団長や団員止まりの者も存在する。
「……聖王様からの、依頼か?」
「表向きは、私からです。……誰が、聞いているか分かりませんので」
「なるほど、そっちも色々と面倒だな。イヤ、北欧に比べたら……イシュルワの方が可愛く見える」
「ふふ、では……依頼を承諾して頂けますか?」
「まぁ、元より北欧にも用事はあった。そのついでなら――な」
シャウが黒の懐に手紙を潜ませ、耳元で囁く。
――背後に気を付けろ
イシュルワでは殺気を剥き出しにして、真っ向から黒へと襲って来た。
だが、どうやら依頼先のオリンポスでは、暗殺などがメインのイベントになるやもしれない。
そうなれば、簡単に動ける筈のシャウや同程度の実力を有する黒ですら苦戦が予想される。
「……イシュルワが落ち着く前に、オリンポスかよ」
「――多忙を極めますね」
黒へとお辞儀して、シャウはその場を後にする。
手紙は見てないが内容に関しては概ね予想できる。時刻、場所、依頼の内容である。
が、肝心のはそこではない。聖王自ら、皇帝を介しての依頼――
普通であれば、シャウ・ランと言う皇帝を仲介して、他国の皇帝に依頼する。
それだけでも、トップレベルのニュースである。
その上、相手が相手である。
この世で、最も名前だけが有名な皇帝への依頼である
多くの者が勘違いし易いが、問題は依頼に関する物ではない。
黒竜帝が、命を賭してでも守るであろう。絶対的な存在――を、同席させる。と言う事にある。
それも黒にとって何より大切な人である未来が同行する。
のであれば――尚の事、黒は周囲に対しての攻撃性、警戒心は想像以上である。
それをシャウが知らない訳が無い。
未来も巻き込むと言う事は、未来の力が必要になる可能性もあり得ると言う事でもある。
しかし、裏を返せば――黒に、滅ぼされる可能性もあり得る。
それだけ、聖王の敵が厄介と言う事でもある。
真っ向からの相手であれば、今回のイシュルワ同様に黒程度の力で1人で事足りる。
――もう、力は馴染んでいる。
ローグ、トゥーリ、ガゼル、ヘルツ、ティンバーなどに行った様な覚醒の機会を与える必要もない。
裏でコソコソ動いている者達にも、一切遠慮もクソも関係はない。
完全に、黒と未来だけの行動が許されている。
「バハムート――魔力感知、最大出力。並びに、高濃度魔力領域を同出力で展開――。現地点より、半径13キロの動く物体を確実に補足しろ」
『まったく、すぐに仕事をさせる……少しは、休ませろ』
誰にも気付かれないレベルにまで、薄く広く伸びる魔力領域と感知の範囲が地上、上空のすべてを見通す。
その動きを予感して、クラト、暁が直ぐ様空間へと飛んで姿を隠す。
一人、その場に残されたハートが、ため息を溢して黒の感知から逃れずに補足される。
街の中心部で献身的に治療に当たる未来、心――
手厚い治療を受けている。ティンバー、ヘルツ、ガゼル、ローグ、トゥーリの7人――
そして、田村と斑鳩――。2人の位置を黒は把握する。
「よし、ローグとトゥーリ達なら問題ないな。イシュルワの再建は、俺の仕事じゃねーしな」
『壊すだけ、壊して……楽な仕事だけ受ける。悪い奴じゃ』
「酷い言い方だな……第一、暁の作戦に乗ったんだぞ?」
その言葉で、黙り込むバハムート。
黒の目が、青から紫へと変化し色付く。
既に、暁やハート。彼らが、何者かに通じていると言うのは黒にバレている。
それを認識して、バハムートは自分の宿主の恐ろしさに僅かに縮こまる。
「あの戦いで、ハートがこっちに加勢を一切しなかった。まぁ、どっかで何かをしているのか――って思った。が、ビフトロを狙ったウォーロック、あのレベルを黙って見過ごすのは少しおかしいと思ってな。……殺られたフリして、様子を見てたんだよ」
『なるほど、妾達の狙いが宿主とローグの覚醒だと見抜いた……と言うわけか?』
「半信半疑だった。ただ、ハートがウォーロックを黙って見過ごすってのは違和感があった。何の為に、連れて来たと思ってる」
『……まさか……最初から、ぶつけるつもりじゃったのか?』
「あぁ、ハートは――強いからな」
黒の恐ろしい笑みに、バハムートは絶句する。
ルシウス、ローグとの戦いでイシュルワとビフトロの間は草木1つ育たない状態である。
それを最初から、イシュルワ崩壊の計画として組み込んでいた。その為に、ハートが来る事を予測して動いていた。
黒が本気を出そうが出さまいが、すべてを消し飛ばすのは――ハートだと頭の中で決めて、その為に動いていた。
「――だから、未来にもイシュルワ攻略の詳しい話はしていない。ただ、ローグ達と一緒に行くって話だけにした。心を連れて、ルシウスの所に行ったのも……1つの保険だな」
「――酷いな。黒くん」
「腹黒か、黒だけに――」
黒の後ろで、ルシウスとハートの姿があった。
「盗み聞き、か?」
「まさか、聞こえたんだよ。それに、俺を爆弾とでも思ってたんだろ? これで、チャラだ。こう見えて……少し、傷ついたぞ?」
「そうだね。ハートくんと同じで、僕も傷付いた。心との再会できて、戦わなくて良いって言ってくれた時は素直に嬉しかったからね」
2人が、黒の両隣に腰を下ろして座る。
倭、ビフトロの最高戦力の3人が並ぶ。端から見れば、恐ろしい光景である。
話の結果次第で、国1つが消える事もあり得る。そんな実力の高い爆弾3人が並んでいる。
「ルシウスには、悪いとは思ってる。ハートがしくじったら……最悪ビフトロに被害が出る。そこで、正当防衛って感じでルシウスを投下しようとしてた」
「……ホントに、爆弾みたいじゃん。僕」
「まぁ、結果的にローグが覚醒して、ギリギリ勝ったろ? ……ルシウスは、相当やばかったみたいだがな?」
「まぁ、ね。まさか、魔力が奪われるとは思ってもいなかったからね……」
「そこで、お前が加勢すれば良かったんだよ」
「黒、それは無理だったんだ……暁からの命令でな。加勢はするなって――」
ハートがあぐらに頬杖をついて、暁の名前を言葉にする。
驚くルシウスよりも、やはり――と言う顔で、ハートの言葉を遮らず耳を傾ける。
首謀者がクラトだと言う事は伏せて、暁とハートの二人でイシュルワ内部と外部を引っ掻き回した。
当然、ティンバーと戦った男の正体も暴露した上で、イシュルワに《ミシェーレ》と《エヴァ》が囚われていた話もする。
ハートには、クラトとの関係以外であれば全て話して良いと暁に言われていた。
ここが、話す場面だ――
そう理解したハートは、クラトと暁との関係以外を包み隠さず話した。
「――てことは、僕や黒くんは……暁くんの掌で転がってたの?」
「その言い方は、正しくないな。ただ、暁の狙いは……現、王の世代をより強く。それ以外の者達を世代に匹敵する者にする。って、感じだ。まぁ、単なる直感だがな。隣に居て感じた限りでは……」
ルシウス、ハートが黙り込む。
先程から黙って、正面を向いてる黒に2人の視線が集まる。
少しして、その意味がわかる。
「なるほど、やっぱりそう来るか――」
そう、黒がニッ――と笑って、天を見上げる。
ハート、ルシウスがやや遅れながら、その魔力に反応して揃って顔が曇る。
その魔力が何者かなどよりも、その矛先が自分達へと向いていると言う事が――苦痛でしかなかった。




