例え、それでも――《Ⅰ》
子供の頃は、それなりに楽しかった。
未来の事なんて気にせずに毎日のように、ガゼルとトゥーリ、仲間達と走り回った。
機械と排気ガス、鼻に付く臭い油と鉄屑の世界を駆け回って遊んだ。
時に喧嘩して、時に泣いて、時に笑って子供のように毎日を騒いで過ごしていた。
その時は、この世界の空が青い事なんて知らなかった――
世界は、自然に満ちており。夜には星空が光り輝く事なんて――知りもしなかった。
それだけ、自分の世界が狭く。未知数であった。
まだ知らない事や知りたい事で溢れた世界何だと、実感したのは――騎士になってからだ。
遠征と称して、他国の戦力の偵察。理由はどうあれ――その日を堺に俺の世界が変わった。
そう、そこが自分の原点だ。自分達の世界は、非常に狭く。
それでいて、悲しい物であった。
空は、青く澄み渡っている。
夜空は、絵画のように美しい。
花達は咲き誇り、自然に溢れている。
――何一つ、知らなかった。
排気ガスと鉄臭さで、その本来の美しさを知らない。
立ち並ぶ建物の影に、夜空は消えて草木はそもそも育たない。
青空も夜空と同じく、まともに見上げる事すら叶わない。
だからこそ、それらは《ローグ・スター》と言う男の心を大きく揺さぶった。
澄み渡った濁りの無い水を飲料としてではなく。水遊び――と言う娯楽の為に消費する。
眼下に広がる草木の絨毯――雄大な自然の結晶、草原を前に心は晴れる。
色鮮やかな花達を前に、彼女――トゥーリの僅かに緩んだ笑みが、心に《炎》を灯した。
――いつの日か、イシュルワに澄んだ空を――
その夢が、倒れた筈のローグに再び決意の炎を灯す。
今にも倒れそう。
吹けば、簡単に飛んで消える筈の小さくか細い炎なのに、その体は痛みを忘れて立ち上がる。
痩せ我慢――そう、思えるほどにローグの体は限界である。
――だが、立ち上がる。
今、立ち上がらなければならない。逃げてはならない――理由がそこにはある。
その覚悟だけで、ローグはウォーロックの前に立ち塞がる。
満身創痍など捨て置け、確固たる覚悟の元にローグは全身を奮い立たせる。
熱湯のように燃え盛る魔力が漲る。全身へと徐々に巡り、熱が細胞を呼び覚ます。
痛みを鈍化させ、立ち上がる様は正に――皇帝であった。
負けられない。理由がある。
負けてはならない。理由がある。
自分の敗北が、何を意味するか――忘れた訳では無いだろう。そう、自分に強く問う。
魔力は劣る。力は劣る。体力も劣る。頑丈さも、速力も何もかもがウォーロックに大きく劣っている。
それでも、決して劣らないモノがある。
例え、魔力が無くともこの男は幾度となく立ち上がる。
肉体が限界を迎えて一歩も動けなくなっても、ウォーロックにぼろ雑巾にされても立ち上がる。
自分の敗北が引き起こすであろう。この先の惨状を知っている。
多くの者達が惨たらしく弄ばれ、無惨な最後を迎える。
もしかしたら、死ぬ事すら許されず。時間を掛けて、苦しみを味わう生き地獄が待っているかもしれない。
――ならば、倒れる訳には行かない。
握る拳から血が流れる。
震える脚を叩いて、喝を入れる。もう、負けれない。
例え、死ぬ事になっても――倒れる訳には、行かない。
「オレは、倒れちゃいけない……倒れるな――」
  
 




