街のお医者さん
「てか、ここの人って……不思議と元気だよな?」
「アンタの話だと、ワシらは毒に晒されてんだよな?」
「お医者様のお陰さ、真っ白で物好きな。俺らのお医者様だよ」
街の人間が口を揃えて、医者の薬で病気やケガは治った。
こんなスラム出身の者達を治療する物好きな医者など珍しいと思った。
黒が、スラムの建物から真っ白な衣服に身を包んだ。怪しげな3人を遠目から見詰める。
この街は、毒による実験場と予想していた。
そして、あの医者として振る舞う3人組がスラムの人間を観察している役割の者達――
黒の予想は、悲しくも的中していた。
「……事前に薬でも飲んでたのか? それとも、俺と同じく。体内の毒素を内側から無効化してる? ……どうやら、ホントに実験みたいだな」
廃材建物から飛び降りて、酔っぱらいのおっさんから年季のある外套を拝借する。
外套を羽織って、医者に気付かれない様に後ろから尾行を始める。
街を隈無く見て回り、時に診察などで本当に医者の様に振る舞っている。
スラムの一軒一軒を回って、健康状態など事細かに診察している。
端から実験の為だと思えば、モルモット達の状態を事細かに聞くのは当然と言えば当然。
道端で飲んだくれるている大人や遊んで泥だらけになった子供にも優しく接する。
それを見ているだけで、反吐が出る。街の者達から信頼されて、疑われる事なく罪の無い者達を毒で苦しめる。
「……この辺で、終了だ」
「そうだな。モルモット達の様子や反応も思った通りだ。順調と、報告しようか」
「おい、モルモット呼ばわりは止めろ。どこで誰が聞いてるか分からないんだぞ?」
実験のデータがおおよそ順調なのか、気が緩んで仲良く談笑している。
このスラムの街では、医者の役目をしたこの者達を頼っている。
だが、実際は人助けなど一切していない。街に若者が少ないのも、実験の影響で赤子が育ちにくいからだ。
実験で、データを取るのに未熟児以下は不要なのだろう。
「……ゴミ虫が……」
木の上から、医者を睨む。毒素防止と思われる防護服を脱いで、医者達の顔を目に焼き付ける。
外套を投げ捨て、木から投げ捨てられた外套に気付いた医者3名が再び帰路へと踏み出すよりも先に、黒の手が3人を襲う。
振り向くよりも、その場から1歩を踏み出すよりも先に黒の攻撃が彼らの意識を奪う。
防護服を脇に挟んで、肩に医者役の男達を担ぐ。街から少し離れた人気の無い崩れ掛けた建物の中で男達を肩から下ろす。
「さて、話でも聞くか……」
街から持ってきた椅子に3人を縛り付け、周囲に男達の声が聞こえないように結界を張る。
椅子に固定され、身動きが取れない男達を一人一人叩き起こす。
ボロい机に置いておいた道具の中から、金槌で眠気覚ましにと、一人の足の爪先を力任せに叩く。
激痛による悲鳴が部屋に木霊する。意識を完全に覚ました2人が中央で泣き叫びながら激痛に悶える仲間を見て、恐怖に顔を強張られる。
「さて、話を聞こうか……ここで、何の実験をしている?」
「おい、お前は誰なんだよ!!」
一番右端の男が怒鳴るのを金槌1発で、黙らせる。金槌の根本が見えないのに気付いて、静かになった男の頭頂部から金槌の金属部分を引き抜く。
真っ赤な血液が黒の両手を伝って、地面を濡らす。隣の男達は震え、中央の男は股下が濡れていた。
肉塊になった男を椅子に繋げたまま蹴って退かす。椅子の背凭れに肘を乗せ、木製の古ぼけた椅子が黒の体重でキィキィ音を挙げる。
「……質問は、俺がしてるんだ。誰が、主導権を握ってるのか――分かるよな?」
頷いた2人に続けて質問をし、情報の全てを吐かせる。
拠点の場所、目的、構成メンバーの規模、幹部の情報、毒の成分、毒の取り除き方法と中和剤の製法などを聞き出せるだけ吐かせる。
渋る質問では、容赦なく痛みを与える。言葉を詰まらせれば、痛みが幾度も襲う。
指先は、真っ赤に染まる。椅子を貫いている長い釘や殴打に使った角材の破片がそこらかしこに転がっている。
「あぁ、黙っちまったか……」
折れ曲がった角材を投げ捨てて、椅子の上で項垂れる男の顔を拝む。
ボコボコに殴られ、鼻や口から血が滴り落ちる。
誰がどう見ても、事切れていた。
が、真っ先に痛め付けた中央の男が微かに息をしていた。それを見て、黒は胸を撫で下ろすのであった。




