漆黒の魔力の有効活用《Ⅱ》
ルシウスは――それを狙っていた。
例え、鋼の様な鎧の肉体に覆われていたとしても、常にその硬度を保つのは不可能に近い筈である。
万が一、出来たとしてもその硬度は一点集中した時よりも大きく下回る。
魔力を一点に集中させた力と、分散し流れる魔力とではその力の大きさに差が生まれる。
それを確かめる為に、あえて全身に漆黒の魔力を帯電させた。そして、ウォーロックが全身の力を一点に集めた事で、それまで漆黒の魔力を塞き止めていた魔力障壁が消える。
そして、内部へと、漆黒の魔力が侵入する事が出来た。
それが、何よりの証拠であった。
永久炉と言う物がありながらも全身に魔力を展開し続けるのは技量的に不可能なのだと、ルシウスは一連の流れで見極める。
こちらへと落下する魔物へと、さらに魔力を与える。
全身から高濃度な魔力を放出し、さらに速度と魔力の出力が跳ね上がる。
それを見て、ウォーロックもさらに魔力による障壁と防壁に意識を向ける。
それが、命運を分けるとも知らずに――
落下する魔物がウォーロックの頭上付近で、霧散する。
突如として目の前から脅威が消えた事に、驚愕するウォーロックが依然として魔力を一点に集めている。
目の前で何が起きたか、理解出来ないウォーロックへとルシウスが――現実を突き付ける。
「――これが、漆黒の魔力の有効活用方ですよ」
脇腹へと移動していたルシウスが、笑みを浮かべながらその一撃に魔力を込め終える。
漆黒の稲妻が大気中に走り、空間が歪むほどの高出力の魔力がウォーロックの脇腹を襲う。
完全に頭からルシウスに対する警戒が消え、目先の魔物にしか向いていない。
それが、原因となって手薄になった脇腹へのルシウスの攻撃が想像以上に突き刺さる結果となった。
初めこそは、漆黒の魔力しか攻撃手段が無いと相手は思い込む。
その後、魔力攻撃を捨てて、魔物による捨て身の一撃で辺り諸共吹き飛ばす高火力で消し飛ばす。
ウォーロックの脳内には、頭上から迫る極大の魔力しか無い。目の前の《アルバンカイウス》がこの肉の鎧を引き剥がす――と、思い込む。
しかし、ルシウスはその一手先にいた。
相手が黒と同等な魔力を有していても扱う人物が、ゴミ程度の実力しか持ち得ない。
それを理解し、瞬時に相手の底を見抜く。
ならば、わざと漆黒の稲妻を貫く事よりも表面上に留まる様に調整した。
コレにより、相手はルシウスの漆黒の魔力では自身に攻撃が通らないと錯覚させる。
魔力によって阻害され、簡単には皮膚へと侵入しない魔力を前に――ウォーロックは、ルシウスを侮った。
魔力が通らないと分かれば、その後に動いた魔物の攻撃は漆黒の魔力よりも強力だと先入観が働いた。
アルバンカイウスを用いた広範囲爆撃も確かに強力ではある。だが、良くて鎧を剥ぎ取る程度に終わる。
であれば、わざと表面を魔力で走らせて弱まったタイミングを目でわかるようにした。
そして、アルバンカイウスにタイミング良く完全顕現を解除させ、防御を一点に集めさせる。
その後は、簡単――
相手の脳裏に過るのは、全身を守る鎧が砕けた様である。優先順位がルシウスの魔力攻撃から魔物へと向く。
誰しも2つの事柄に対して、同時進行など不可能――
簡単に、ウォーロックは引っ掛かった。
全身に魔力を巡らせて常に内外を魔力攻撃から守る事など、トップレベルの皇帝でもそう簡単には出来はしない。
ならば、相手に全身を覆う魔力から一点に魔力を使用する様に仕向ければ良い。
さらに言えば、漆黒の魔力の有効活用――と、口で語って漆黒の魔力が効果を示さないと分かれば別の手段で攻撃を与えに行く。
そうする事で、相手の選択肢から漆黒の魔力と言う線を少しでも消す。
そうなれば、後は無防備な相手の柔らかな場所に狙い通り貯めに貯めた本気の漆黒をぶつける。
この作戦が上手く刺さり、ウォーロックへの一撃は大いに効果を発揮した。
放たれた一撃は、未熟であるローグが放った漆黒の一撃と瓜二つである。
――が、瓜二つとは言え、その練度には天と地差がある。
ローグの場合は黒の展開した《高濃度魔力領域》の助力を得て、ようやく成り立った。
その一撃をルシウスは、1人で成立させた。
空間の歪み、次元にすら影響を与え得るその魔力の濃度には――皇帝の力量が垣間見える事となる。
鼓膜を破る炸裂音が周囲に木霊し、衝撃波と魔力の余波が一帯の自然を更地に変える。
元よりも更地に近かったが、この一撃で完全に更地へと様変わりする。
倒れたイシュルワ兵士達の血で染まった真っ赤な大地も一瞬で蒸発し、綺麗な土色の大地が広がっている。
遠目から、トゥーリ、ガゼル、ビフトロの兵士達もその景色を目に焼き付ける。
――これが、皇帝の力だ。
自分達の国や都市を守る為の最高位戦力の底力という物を、再認識する事となる。
その魔力は炸裂し、周囲の天候を変化させるほどに強力――
鉛色の空には、異常気象が生まれる。
積み重なる螺旋状の雲の上で、真紅の稲妻が鳴り響く。
高濃度な魔力によって、影響が自然に及ぶ。到底自然界では起こらない現象が引き起こされる。
天候すらも変化させるほどの桁違いな影響力を前に、半壊した戦艦級の肉塊の内部でウォーロックは鮮血を口から吐き出して戦慄していた。
その後、動けない自身の肉体をバラバラにわざと飛び散らせ、ゆっくりと気付かれないように肉片の再構築を始める。
「ほら、言ったでしょ? 黒くんやメリアナのような最強クラスでも出来ない事が、アナタ程度の器でできる訳が無い。……ただ、魔力が増えた程度で図に乗るな。魔力が多いだけで勝てるなら、私は橘黒に勝っている――」
「……」
プスプスッ――と、焼け焦げる肉片の前で、ルシウスは細切れになって逃げた本体を探す。
大小様々な肉片が地面に多数転がっており、その中からローグはウォーロックを探している。
ここで、本体であるウォーロックが見付かるのは非常に不味い。
故に、ウォーロックは全神経を研ぎ澄まして、ゆっくりと確実に肉体の再構築に神経を注ぐ。
が、ルシウスには――気付かれていた。
「……再構築するなら、お早めに――あまり、待てませんので」
「――ッ!?」
ウォーロックが瞬時に肉片を掻き集めると同時に、ルシウスの漆黒の稲妻を纏った殴打がウォーロックの顔面を捉えた。
そのまま流れるような動作で、構築されたばかりの腹部に数発の打撃が柔らかな肉体にダメージを刻み付ける。
突き刺さる殴打がゆっくりと肉を捻り、漆黒の魔力が内部を貫く。
「――ッッッ!!」
声にならない叫びを上げて、無防備な内部から焼かれる激痛――
漆黒の魔力を纏った外側からの凄まじい殴打によって、内部に回す魔力が全て外側に取られる。
それによって、無防備な内側は漆黒で焼かれるしか無い。
ダメージを肩代わりする肉片の身代わりの中から、ウォーロックの細い肉体が飛び出す。
不様にも、地面を這って恐怖に染まった表情のままルシウスの前から大慌てで逃げようとする。
「……来るな……来るな!! 来るんじゃ……無い――ッ!!」
土を投げ付け、最後の抵抗を見せる。
殺気に満ち満ちたルシウスの眼光に、ウォーロックは全身を震え上がらせた。
そこへ、割って入るようにボロボロのローグが降り立った。
「……そこまで、だ。申し訳ないが、その男の身柄は……俺達、イシュルワでケリを付けたい」
「……」
「戦わせるだけ戦わせて、手柄の横取りって感じで……俺も気は進まない。だが、ソイツの行いを俺達イシュルワでも裁きたい」
「……えぇ、構いませんよ。ただ、気を付けて下さい。この男には、あの力を渡してなりません」
ルシウス、ローグが揃って肉片の中央にある物体へと振り向く。
中央に、ルービックキューブのような宝石を設置した機械に囲まれた四角形の《永久炉》と呼ばれる魔力機関――
少し離れたこの位置からでも、ルシウス、ローグは肌で感じる。
凄まじい魔力の流れ、底を知らない高濃度な魔力の湖がすぐ目の前に存在する。
早々に破壊するが、得策だとローグがウォーロックをルシウスが永久炉の処理の二手に分かれる。
その最大の隙を狙って、第3者が介入する――




