立ち上がる理由《Ⅱ》
一瞬でも、勝つ未来を夢見た。
それが、どれ程無謀でバカな事なのか――その時の宗治は知らなかった。
――口から、大量の血液が溢れる。
一撃――。到底、一撃とは思えない重さの一撃が宗治に癒えない傷を与える。
「……終わりか?」
ビフトロを守る筈の男に、腕を捕まれ振り回された。
結界で守られたビフトロの砦の強固な壁に、幾度と叩き付けられた。
黒が宗治の腕を掴んで、まるでヌンチャクを操るかの如く。宗治の体を壁に幾度とぶつけた。
血が壁を赤く濡らし、宗治の腕がぐちゃぐちゃになっても黒は宗治を離さない。
死の間際まで、全力を以て叩き落としに掛かる。
「もう、終わりだな……片腕はぐちゃぐちゃになって、全身血だらけじゃねーか」
「…………」
「会話もできねーか、そりゃそうだよな……」
黒は、宗治にトドメを刺さずにその場を後にしようとする。――が、宗治は立ち上がった。
もはや、勝つ事は不可能――
生きている事すら奇跡に等しい状態でも、宗治は壁に半身を擦り付けながらゆっくりと立ち上がる。
壁から離れた途端に前のめりに倒れて、小刻みに痙攣する片足に力を込める。
「――立つな。もう、戦うのは無理だ」
「……うる……さい……戦えるか、戦えないかは……自分で決める」
「吹けば、飛びそうだが? ……諦めろよ」
「……僕が……諦めの悪さを学んだのは、橘さんからですよ」
フラフラとなりながらも、しっかりと両足で地面を踏み締める。
歯を食いしばって、身動ぎ一つで激痛が走る筈の体で挑む。
そんな宗治を真っ直ぐ見詰めて、宗治から仕掛けるのを待っていた。
覚悟を決めて、叫び声を挙げて宗治は黒へと挑む――
勝つ可能性は、万に一つと存在しない。
それでも、立ち上がって無謀な挑戦に挑む理由がある。
その理由を黒は、知らない。知ろうともしない――
ただ、命よりも大切な何かの為に全力で挑み続ける。
そんな宗治に敬意を評して、その一撃を受ける。
「――受ける。と、思ってましたよ」
背後から聞こえた不気味な声が、黒へと直ぐ様警鐘を鳴らす。
この場に立てるほどの実力者は存在しない。そんな中途半端な意識から、黒は背後を容易に取られる。
「――アナタの弱点は、その強者ならではの油断ですよ」
黒の背に、ナイフの一撃が深く突き刺さる。
背中から胸を刺し貫かれ、鮮血が黒を真っ赤に染める。
唖然とする宗治の目の前で、黒が前へとゆっくりと倒れる。
ナイフを手にした男が、数名の仲間を連れて宗治の前に姿を現した。
「流石の仕事ぶりです。王の世代同士の戦いは、手に汗握る見世物でしたよ」
「……解放、しろ」
「……」
「……2人を始末したら、僕の役目は終わりだろ。彼女達を……今すぐ、解放しろ!!」
「全く、少しは会話を楽しもうとは思わないのですか? まぁ、良いですけど……そう言う契約ですからね」
男が、部下に指示を出す。
しばらくして、数十名の部下が銃口を向けたまま現れる。
その中心に、1人の女性がいた。
――否、1人の女性と赤ん坊が背中に銃口を向けられていた。
「大切な方ですよね。ご自身の奥さんとお子さん……将来有望ですよね。王の世代が両親なのですから――」
赤ん坊を抱く女性の顔を隠したフードが乱暴に取られ、涙で目を赤くした――紫苑が、宗治の前に泣き顔を晒した。
「……ごめん、ね。この子の為に……辛い役……押し付けた」
「良い、良いよ。僕は、大丈夫だから――」
宗治が紫苑と自分の子供の下へと向かうとした。――その時、紫苑の後頭部に銃口が突き付けられる。
「何……を……」
「契約では、2名の皇帝の殺害です。――が、橘黒を仕留めたのは……この私だ」
「――まさか!!」
「はい、契約は無効です。ですが、お子さんは助けますよ。――1名は殺しましたらから」
紫苑へと宗治は手を伸ばし、赤子を投げようとした紫苑の手を掴んで自分へと引き寄せる。
部下の銃口から火が吹き出る。紫苑と子供の盾となる為に、飛び出した宗治が銃弾を背中に浴びる。




