油断
ウォーロック・ザムザインは、今世紀最大のピンチを迎えていた。
死にかけて、もはや動かないと判断していた男が立ち上がった。
「不死身か、あのバケモノは……――」
足元の化け物へと指示を飛ばして、再び魔力砲を下層部へとはなった。
だが、どれ程高出力であっても、バハムートによって阻まれる。
コレにより、完全に下層部が黒の手によって守られる。
「……《難攻不落》、その名の通りよ」
咆哮を上げて、漆黒の稲妻がウォーロックの下へと降り注ぐ。
バハムートの魔力攻撃を受けても、ウォーロックの化け物は怯みはしない。
「へぇ、硬い……な」
『むぅ、硬い――とは、少し違うぞ。魔力が効かぬ』
「――つまり?」
『マスターや妾と同じ――と言う事じゃ』
再びバハムートの稲妻が化け物へと落ちる。だが、表面を軽く焼く程度で、芯には届いていない。
黒、バハムートと同様に高い魔力量に物言わせた高い防御力――
その防御力の高さから、バハムートの魔力攻撃を以てしてもダメージは与えれない。
下層部の守護と攻撃の2つに魔力を回した状態で、このまま無駄攻撃に転ずるのは愚策と判断する。
「――バハムート、守りに専念するぞ」
『むぅん? じゃが、そうなれば……勝てぬぞ?』
「良いんだよ……戦うのは、俺じゃねーからな」
バハムートが守りに入ったのを見計らって、ウォーロックは魔力攻撃に力を入れた。
下層部へと降り注ぐ魔力攻撃がまるで嵐でも来たかのように、絶えず地面を削る。
傷を負ったティンバーが子供達の為に盾となり、魔力の余波で倒壊した瓦礫や飛んで来た木材から守る。
「……もう少し、耐えて――」
「――ティンバー!!」
ティンバーと子供達の前に、シスターの肩を借りてヘルツが合流する。
そんな2人の魔力に気付いて、黒の回復魔法が離れた位置のヘルツとティンバーの2人に施されされる。
「ティンバー、ヘルツ……子供達を連れて下層部から脱出しろ。下層部の北側を奥に進めば、下層部の住人がイシュルワ脱出に使った通路がある。上がって、逃げろ」
「その後は――」
「ヘルツ――その後は、自分で考えろ……。もう、何にも縛られない世界だ」
バハムートの咆哮が轟く。
イシュルワと言う国家が崩れ、人が完全に消えた都市の中で、まるで怪獣映画のような世界が広がる。
巨大な黒竜と肌色の化け物が、曇天の空の下で戦う。
ティンバー、ヘルツが子供達とシスターを連れて、北側へと向かう。
崩れた瓦礫や建物を避けて、逃げて行く。
それを見送った黒が、ティンバーとヘルツの呪縛が解かれた事に安堵する。
「それじゃ……後は、田村と斑鳩か――」
『あの2人は、ここには姿を現さなかったな……』
「まぁ、どこに居るかは……何となく分かる。てか、ソコしか狙う場所はねーからな」
バハムートの防御に集中させていた意識を魔力感知へと僅かに回して、戦闘予想区域からティンバー、ヘルツが脱出したのを確認する。
これで、もうイシュルワと言う国に対して加減の必要がなくなった。
「さて、始めるぞ――」
黒の呟きを合図に、バハムートが下層部から飛び立った。
咆哮を轟かせて、漆黒の稲妻がイシュルワ全域に降り注ぐ。化け物が魔力障壁を展開して、黒とバハムートの魔力攻撃を防ぐ。
雷鳴が鳴り響く。大荒れな悪天候の中で、2体の巨大な力が衝突する。
化け物の魔力砲を稲妻で相殺し、バハムートの口から溢れる漆黒の炎がイシュルワを燃やした。
まるで、灼熱地獄とでも言えるほどの大火力な炎が大地を焼いた。
燃え盛る火柱が、化け物の体を焼き焦がす。さらに、追撃とばかりに上空から天を貫く漆黒の雷が、ウォーロック諸共化け物の体に叩き落される。
天変地異――
その言葉を体現するかのように、バハムートが扱う魔法の尽くが空を切り裂く。大地を揺るがす。海を蒸発させる。
自然災害を発生させるその力の膨大さに、ウォーロックは目を輝かせる。
「元々の高い魔力量……それに比例するほどの、強大な魔物の力――天は二物を与えん。とは言ったが、紛うことなき……天が与えし、神の《贈物》……欲しい、欲しい――ッ!!」
――その力を、寄越せ。
ウォーロックは、油断していた。
ティンバー、ヘルツ、ハート、もはや誰も自分の邪魔はしない。
そう、決め付けていた。
目の前のバケモノである。皇帝――橘黒を除いて、誰も自分の邪魔は出来ない。
そう思い込んだ故に――油断し、目の前の事しか見えていなかった。
さらに、付け加えるとすれば、バケモノの操縦を分担させていたAIの発言を不許可にしてしまった事も原因の1つであった。
AIであれば、ウォーロックの見えていない死角の全てに目を光らせる事が出来た。
だが、AIを「うるさい」と言う理由で、その発言権を奪った事が、ウォーロックの油断の1つに繋がっていた。
――誰も、そうは思っても実行はしない。
――例え、実行できても思い付きはしない。
だが、この男は思い付き――実行した。
燃え盛る炎の大地を全速力で駆け抜け、全身を業火に焼かれてもその歩みを止めない。
全ては、この一撃を叩き込む。その為だけに、全速力で燃え盛る地を走り抜けた。
脅威なのは、業火だけでない。
頭上から見境なく降り注ぐ漆黒の雷に、貫かれる《恐怖》すらもこの男には存在しない。
たった一撃、その一撃の為に――彼は、自分のすべてを込めた。
「ずいぶんと、楽しそうだな――」
「――!?」
突如、背後から声がした。
ウォーロック自身の脳内で導き出した筈の勝利の法則が、一瞬で砕けて跡形もなく消えた。
たった1つのピース――
小さく、弱く、儚い。
今のウォーロックにとって、脅威として数えられない存在が脳裏にチラついた。
そして、その1つのピースによって、ウォーロックの全てが破綻した。
大気に呼応する漆黒の魔力――
周囲一帯からは、あの男の魔力は感じられない。
黒とバハムートが展開した《高濃度魔力領域》によって、魔力感知が上手く機能していない。
魔力感知の殆どが、黒の高い魔力に引き寄せられている。
その上、魔力領域の効果と思える《魔力妨害》によって、感知に様々な魔力が干渉して、感知の対象が簡単に絞れない。
「クソッ、やられた!! おい、貴様も探せ!!」
『――命令、承認。一帯の高濃度魔力によって、魔力感知の精度に多大な障害アリ――……感知、精度減少。感知不可――感知不可――』
「クソッッ!! この、ポンコツがァァァッ!!」
足元の肉塊を何度も踏み付けて、危機的状況の回避に思考を巡らせた。
だが、一歩遅かった。
「この魔力領域の効果は、魔力感知に対する《魔力妨害》って、思うだろ? 少し違っててな……簡単に言えば、発動した魔力に様々な魔力残滓が影響を与えるんだよ。――この意味、分かるか?」
黒の言葉が頭上から聞こえ、ウォーロックがその言葉に意識が向いた。
その瞬間、僅かに黒の方へと視線を向ける。つまり、上を向いた――
そのタイミングを狙って、全身の魔力を1点に、凝縮させたローグの一撃が放たれた。
「――《漆黒の魔力》ってのは、様々な魔力が1つに集中した状態の事を指している。ソイツ自身の魔力、大気中の魔力の残滓、戦いの中で漏れ出た自分と相手の魔力――そのすべてを1点に、凝縮する魔力技術の最高位――」
黒が、イイモノを見たように笑みを浮かべて、ローグが放った一撃を評価する。
「俺の魔力領域は、魔力に影響を与えた。……漆黒の魔力に影響を与えたって、事だよ」
腰を入れて、片腕に凝縮された一撃が放たれた。
凄まじい雷鳴の様に、大気中の魔力に影響が及ぶ。空気が割れ、大気にガラスのヒビ割れのような現象が生じる。
高密度な魔力が、1点に凝縮された際の破壊力など、並の皇帝でも無傷に抑えるのは不可能である。
あの黒ですら、至近距離であれば片腕を持って行かれる。
それほどの一撃が、ウォーロックの顔へと放たれた。




