キミは、砕け散る
ヘルツは、危機的状況であった。
ウォーロックの信用を勝ち取る為に渡した黒の片腕――が、その程度では信用は得られなかった。
その上、ティンバーと黒との密会もバレており、自分も疑われていた。
そして、子供達やシスターに手が及んだ。
「もう、時間が無い……」
もはや、ヘルツの大切な存在を守るには、黒を殺すしか無かった。
だが、黒には子供達匿って貰っているから例え裏切りがバレた所で問題は無い。
完全に裏切るのであれば、ウォーロックが黒とヘルツの目の前に出ている状況が望ましい。
裏切るタイミングは、黒と共にウォーロックを倒して残るイシュルワの皇帝を倒せる見込みがある時である。
「今は、従う。今は――」
ウォーロック直属の部下からヘルツは命令を受けた。
内容は聞かなくとも分かる。下層部へと降りて、潜伏する皇帝――黒竜帝を倒せ。
命令の殆どがその命令なので、聞かなくとも分かる。
そして、今回も同じ命令であった。
ため息を溢して、下層部へと降りる。
すると、目の前に飛び込んで来た光景は、大勢の兵士が所狭しに並んだ光景であった。
その殆どの兵士が、ヘルツの監視です――とでも言っているかのような冷たい視線に、ヘルツは気付いていないフリで通り抜ける。
――嫌な、予感がした。
胸の奥の何かが、危険な信号を受け取る。
全身に寒気、恐怖でも前にしたかのような震えが起こる。
そして、そんな予感は見事に的中する事となる――
「……何で……」
開口一番、そんな言葉が口から溢れる。
裏返った声で、震えるように――意図せず、そんな言葉が出た。
目の前には、軍隊レベルの兵士に囲まれた広場。その中央で、黒がヘルツを待っていた。
片腕の無い状態で、ボロボロな服に汚れた見た目の――黒が。
その姿はヘルツの脳内である違和感の正体を告げた。強烈な悪寒、異様な震えが徐々に強まる。
その証拠に、胸の奥がズキズキと痛む。聞きたくはない言葉を、聞くしか無かった。
聞きたくない言葉だが、確かめずにはいられなかった。
――子供達とシスターは?
そんな問い掛けに、黒は首を傾げる。
「……俺とお前が、下層部で会うのは――初めてだが?」
「……嘘、うそでしょ……」
膝から崩れ落ちたヘルツの心拍数が跳ね上がる。
嫌な予感というのは常に的中し続ける物であって、ヘルツは自分が罠に落ちたのを理解する。
「……黒、嘘は無しでお願い……子供達とシスターは、無事?」
「――子供ってのは、誰のだ? シスターって、女性だよな? お前に、任された覚えは無いぞ……?」
ヘルツの脳内に稲妻が駆け巡る。
呼吸が荒くなり、目から涙が溢れ落ちる。
胸が苦しくなって、もはや――立てない。立つ事が出来なかった。
足の筋肉に力が回らない所の問題ではない。全身の力が弱るかのように、抜けて行く。
まるで、空気の抜ける風船のように――
地面に座り込んで、呆然と目の前の光景を見詰める。脳内で巻き戻される映像は、大切な家族との思い出――
現実を受け止めきれないヘルツの前に、兵士の1人が近付く。
警戒する黒とは別に、ヘルツはもはや抜け殻同然である。
対して警戒もせずに、兵士がヘルツを無理矢理立たせる。
そして、手に持ったタブレットの画面を見せる。
「……アナタは、戦うしかありません」
タブレットには、捕まった子供とシスターの姿が確認された。
そして、何処からともなくウォーロックの声が下層部へと響く。
『ヘルツ、貴様が裏切ろうとしていた事は既に分かっていた。ならば、裏切れない状況に落としてやろう――そう、思ってな……。どんな気分だ? さぞ、憎いだろう。ならば、目の前の男を殺せッ!! その死体を私の前に持ってきたら、子供達は開放しよう――』
そうか、あの時――
あの場に居合わせた黒は、偽物――
そして、襲ったウォーロックの部下とは仲間であった。
きっと、違和感はあった筈だ。それすらに気付けないほど、自分は信用してしまっていた。
そのまま一方的に放送が切られ、自体の呑み込めないヘルツに刀が投げられる。
投げた刀の鞘がヘルツ頭に当たって、地面に落ちる。
「……どうやら、相手は俺らを戦わせたいみたいだな」
「……」
「ヘルツ、今更だが――俺の手を取れ! まだ、救える余地があるかもしれない。だから!」
「……黙ってろ……」
黒の全身に強烈な悪寒が走り、殺気と共に凄まじい魔力が下層部全域に広がる。
冷水に浸かっていたかのような体の芯まで凍て付く極寒の冷たさ――
つま先が凍り付いたような感覚に、黒が対峙する相手の覚悟の大きさを知る。
――もはや、言葉は無駄となる。
「分かった……ただ、黙って殺される訳にはいかねーからな」
「初めから、一人で抱え込めば……こんな結果にはならなかったッ!!」
――2人が構える。
広場から大急ぎで兵士達が退く中で、1人の若い兵士が背後から伝わる異様な雰囲気に足を止めてしまう。
黒を中心に渦のように広がる漆黒の魔力が、大気中の魔力を呑み込む。
それに抵抗するように、ヘルツの青い魔力が黒の魔力とぶつかる。
周辺の建物が、強烈な魔力の余波で軋む――。ギシギシ――と、トタン住居の多くが余波で、揺れ動く。
中には、トタン屋根が剥がれ。魔力の流れに呑み込まれ宙を舞う。
魔力の濁流に呑み込まれ、様々な建物が倒壊し瓦礫が宙を舞う。
1番の異様なポイントは、まだ戦っていないと言う所であった。
この魔力の余波を発生させるほどの2人が本気で衝突すれば、下層部など簡単に崩れる。
脳裏に過るこの後の未来を予感して、顔を青くして下層部から脱出する為に彼らは走る。
「「……天地――」」
両者が構え、魔物の力を顕現させる。
開幕から《完全顕現》と言うトップギアで、魔力と言うエンジンをフルスロットルで回す。
以前までのような遊びではない。確実に、互いに相手を殺しに掛かる。
「ここで、死ね。……黒竜帝――!!」
顕現した魔物と共に、ヘルツは黒へと仕掛ける。
「……悪いが、簡単には死ねねーんだよ。俺は――!!」
背後から巨大な竜の顔を顕現させ、開口部に漆黒の魔力を凝縮させる。
真正面から突っ込むヘルツに対して、一点に集中させた魔力を弾く。
巨大の魔力砲で、間合いを詰めに来たヘルツを逃げる事無く。黒は、正面から迎え撃った。




