黒竜帝の居ない帝国
「まぁ、起きた事は仕方ないよね」
「多分、そうやって無かった事に出来るのは、兄さんだけです」
「灰兄って、物凄い適当だよね。短絡的って言うのかな?」
「……茜ちゃん。それ、お兄ちゃんを褒めてるんだよね?」
藤乃が淹れたお茶に、奈々華が軽いお辞儀をする。思わず、藤乃もお辞儀で返して、その場を後にする。
梓の背後で言い争う灰と茜を置いて、梓は奈々華と話を始める。
最も考え得る最悪な状況とは、倭のみにとどまらず。この帝国も異形によって陥落する事である。
倭と帝国は、海を隔てた国同士であるが他のどの国家よりも固い同盟を結んでいる。
故に、この両国を敵視している国は多い。その上、異形侵攻の最前線と呼ばれる倭に他国に気付かれずに帝国の竜人族を派遣していた。
「倭が落ちれば、帝国など……数日と持たない」
「そうですね。そして、この帝国に異形種の類いが下手に手を出さないのは、一重に黒様のその知名度と圧倒的な強さです。考え得る可能性として、敵国と異形の2つの勢力を帝国は相手取らないといけません」
「そして、帝国が落ちれば――倭もあっという間に落ちる。今すぐにでも2国を潰したい国にとっては、願ってもない状況だ」
梓と奈々華の2人が頭を悩ませる。
そもそも、この国に異形種の侵攻が少ないのが黒のおかげであった。
高い魔力を生来備えており、他を寄せ付けない高い戦闘技術。
それらを臨機応変に扱いながら、戦場での鬼神の如き戦いの才能――
2年前の戦いで、倭に残ると聞かなかった黒を多くの騎士や梓達が力強くで連れ帰ったのもその強さから来ている。
倭と帝国のバランスから、片方に生き残った皇帝クラスを置いておくのは得策ではなかった。
どちらかが大規模侵攻を受ければ、片方に皇帝が対処する事となる。
その間に片方が陥落するような事になれば、瞬く間に2国共に地図上から消える。
それ程まで、皇帝と呼ばれる騎士は戦力として要の役割を担っている。
例え、魔力の半分以上を失った黒であっても、大軍勢の敵国を潰す事は不可能ではない。
多少の無茶や危険性を考慮しなければ、国を消す事など造作もないだろう。
この事から黒と言う存在が、この帝国でどれ程の存在なのかはハッキリとしている。
現在帝国には、黒と言う最大級の防衛機能が失われている。いつ何時、異形種の大規模侵攻があっても不思議はない。
梓が手早く端末を叩いて、耳元に押し当てた端末の向こう側で誰かと情報のやり取りをしている。
時折聞こえる声から察するに、相手は女性であって若い声をしている。
「……倭側から、黒の捜索はすると言う話しに落ち着いた。が、倭の捜索範囲は限られる上に、そこまで手は回らない」
「やはり、自分達で行動するしかないんですね」
奈々華と梓は暗闇の中でもがいている状態に近い。
すぐ目の前に答えがあっても、視界が限られた状態ではその答えを掴むことは出来ない。
黒の飛ばされた方角などの大まかな位置を把握出来たとしても、自国の守りを捨てれるほど余裕がない。
倭へと送った戦力を自国の防衛に回すか、戦力に乏しい者達で自国の防衛を任せると言う厳しい2択に迫られている。
しかし、この場の空気を変えるかのように、灰がタバコに火を着けてから、2人の悩みをたった一言で切り捨てる。
「――黒を信じろ」
タバコを味わいながら、灰が集まっていたメンツに笑みを見せる。
その心底心配をしていない顔に、梓や奈々華は黒と言う男を信じていなかった事に気付いた。
例え、遠い異国の地でも黒ならば大丈夫だ――と、灰は続けた。
灰は知っている。自分の自慢の弟の強さが、こんな生半可な状況1つで覆る事など無いと――




