隣を歩く条件《Ⅱ》
砦の階段を上がって、朝日が昇る草原を黒と未来は眺める。
未来の手を握って、未来が少しだけ頬を緩ませながら黒の手を握り返す。
草原を吹き抜ける風に未来の栗色の髪が揺れ、黒が未来の隙を狙ってかのように唇を奪う。
押し付けた唇が重なったと同時に、未来の中へと黒竜の魔力を押し込む。
黒の瞳が青く染まり、すぐに元の色へと戻る。
唇が離れ、真っ赤な未来の頬を黒が優しく触れる。
黒が未来の額に自分の額を当てて、小さな声で呟く。
「大丈夫……絶対に帰って来る。未来の……キミの隣に絶対――」
「分かってるよ……でも、また離れ離れだよ。寂しいな……」
未来が黒の首に腕を回して、ギュッ――と、抱き締める。
黒も未来の腰に腕を回して、ギュッ――と、抱き締める。
朝日が草原を照らし、抱き締める黒と未来の2人を優しく照らす。
朝日に包まれて、未来が黒から離れる。
すると、僅かに黒の目に涙が浮かんでいる事に気付く。
未来が黒の頭を優しく撫でる。まるで、甘えたがりな子供をあやす母親のように、未来は黒に笑みを見せる。
黒が砦から外へと出て直ぐに、出て来るのを持っていたハートとローグと目が合う。
「もう、良いのか?」
「あぁ、帰ってくれば良いだけだろ? 大げさなんだよ」
「……帰って来れる保証があんのか?」
ハートの問い掛けに黒が答えても、ローグが自信がある黒に再び問い掛ける。
自信の有無に関わらず帰って来る――と、ややメチャクチャな返答を最後に3人はビフトロから去っていく。
ビフトロから3人の背中を見守る未来の隣に、心が寄り添う。
黒、ハートは強い。それは紛れもない事実である。
だが、イシュルワは数多の皇帝を抱えている。こちら側が把握していない戦力の可能性も十分ありえる。
「……大丈夫だよ。黒もハートも強い」
「……うん。そうだよね」
自分を強く保とうと未来は心の胸に顔を埋める。
不安さが無いと言えば嘘になり、心配させまいと自分を抑え込んでいた。
黒と離れ、ようやく本心を曝け出す。
「……黒くん。絶対に、守るよ。君が、心を守ってくれた様に――」
砦から微かに聞こえる嗚咽を聞いて、ビフトロが霧に覆われる。
覚悟を決め、ビフトロを死守する為――。友との約束を果たす為に、ルシウスが動く。
ビフトロから少し離れた地点で、3人は足を止めた。
深い霧の向う側から、ヘリのプロペラ音が聞こえた。
眩いライトによって、頭上から照らされた3人の瞬時に武装した兵士が取り囲む。
しかし、彼は一定の距離を置いて動きを止め、こちらの出方に警戒していた。
ローグがそんな兵士達の姿を見て、異常な光景だと自分の目を疑った。
それは、兵士達が全員小刻みに震えていた事である。
ある人物を前にして、数多の訓練や死線を潜り抜けてきた歴戦の洗練された兵士達ですら――《恐怖》したのだ。
それ故に、武装した兵士達の視界には自分は映っていない。
映るのは、眠そうにあくびをするハートと――堂々とヘリを睨む黒だった。
「なぁ……いい加減、降りて来いよ。それとも、怖くて前に出れねーか? ……以外と臆病者だったみたいだな」
黒の挑発に反応して、ヘリから降りてきたのはイシュルワの現トップ――ウォーロック・ザムザインであった。
霧の中から杖の――カツンカツンと、地面を小突く音が響く。
イシュルワのトップが黒の前に余裕な笑みを浮かべる。
「流石は、倭の皇帝だ。この私に気付くとは――」
立派なヒゲに触れながら、黒の前に立った。
――が、黒はウォーロックを素通りする。
まるで、眼中に無いかのように素通りしてその後ろで待機していた皇帝に挨拶する。
「ヘルツ――。今度は、逃げないのか?」
「……うるさい」
ヘルツが腕を組んでそっぽを向いた。
それを見た黒が、ヘルツの抱えている何かに気付いた――
その後ろで、自分を無視された事に腹を立てたウォーロックが声を上げる。
が、振り向いた黒がウォーロックのあまりの弱さに肩を落とした。
「コレが、イシュルワのトップですか……可哀想に、人材不足とお見受けした」
「――は?」
「あんたを見て、先ず思ったのが魔力の無さだな。欠片もねーよ。それと、覇気が薄い。全く無いわけじゃ無いが……覇気が薄味のスープ並みに薄いな」
「おい、黒、言い過ぎだ。仮にも、この雑魚はこのイシュルワのトップだぞ。本当の事を言ってやるな。見ろ、顔真っ赤だぞ」
黒、ハートの失礼極まりない言動に顔を真っ赤に染めたウォーロックだったが、見え見えの安い挑発だと己に言い聞かせて軽く流す。
挑発に乗らなかった所を見て、黒とハートは黙り込んだ。
あえてウォーロックが挑発に反応せずに、まるで客人の対応をするかのような振る舞いで3人をヘリに乗せてイシュルワへと向かう。
3人が乗せられたヘリの中は沈黙が続き、イシュルワまでの道中は一言も言葉を発さない2人にローグが困惑する。
ウォーロックは、護衛のヘルツと共にヘリへと乗り込む。
落ち着いた様子のヘルツだったが、薄目で正面のウォーロックを見る。
杖を握る手は血管が浮き彫りとなり、顔は真っ赤に染まっている。
怒りを発散する事無く、内側に溜めている。
溜めに溜めて、逃げられないイシュルワ内部にて発散するつもりであろう事は明白――
ヘルツが溜息を溢して、窓に目線を反らす。
キレイな草原の光景が、ヘリが進む事に変化する。徐々に緑が消える。
沼地、錆び付いた鉄屑や廃棄された瓦礫の山が広がる光景に胸を痛める。
「昔は、こうじゃなかったのにな……」
もう、取り返しの付かない過去に思いを馳せる。
かつての雄大な草原と豊かな自然の景色は、過去の思い出となる。
たった数年で、緑が消える。鉄と汚水による環境破壊されたイシュルワ周辺の土地を見て、自分達の行いの傷跡を目に焼き付ける。




