不安
ハート、黒、ルシウスの3人がバーの個室に集まる。
「久しぶりだね……ハート君」
「あぁ、ルシウスは……変わらんな」
「そんな事はないよ。ただ、変化を恐れているだけさ……」
「ルシウスは、変わらなくて良い筈だ。俺やハートと違って、平和を望んでいる。悪いな……イヤな役目を背負わせて」
黒の言葉をルシウスは、首を横に振って返す。
グランヴァーレの避難民を受入てから、直ぐ防衛拠点として部隊を編成し、イシュルワ軍を数回追い返している。
周辺都市は既に占拠され、ビフトロ以外のグランヴァーレ領地はイシュルワの手が掛かっている。
「なら、他の都市を回って奪還しながら……イシュルワを目指す方がいいか」
「イヤ、他の都市の解放には僕が動く。それに、ローグさん達は、本国でやるべき事がある筈だ」
黒の提案をルシウスは断って、真っ直ぐイシュルワへと目指す事を提案する。
しかし、それではルシウス達ビフトロの守りが甘くなる。
既に、ローグ、トゥーリ、ガゼルの3人の皇帝がビフトロに滞在している。
イシュルワにとって、彼ら3人は本国の怨敵としての認識が強い。
その上、黒、ハート、未来の3人も加わって全軍投下してでもお釣りが戻ってくるほどの好機である。
その状況下で、6人がイシュルワを目指せば倭と四大陸を唯一繋げる《ビフトロ》と言う拠点を失う。
そうなれば、地理的に挟み撃ちを食らう可能性も高い。
「いえ、行ってください。ここは、私達が必ず守ります――」
扉が開かれる。バーの個室へと屈強なボディガードの共に、杖を手にした少女が黒達の前に姿を現した。
別れた後からしばらく経っているので、彼女の雰囲気の変わり様に驚かされた。
「イオ・グランヴァーレ――。少し、大人びたな」
「ここでの生活は、今までの私に無い物をくれました。人と人との繋がり……恐怖と絶望の中でも諦めない強い心。そのすべてをルシウス様から教わりました」
「イヤイヤ、そんな対した事はしていないよ。みんなの心の支えになったのは、イオ様の献身的な行動の賜物……僕は、守る事しか出来ていない」
イオの子供や怪我人に対する。献身的な言動によって、ビフトロへと避難したグランヴァーレの者達や周辺都市の避難民は少なからず救われていた。
現状の自分に出来得る限りの事を率先して行い、絶えず誰かを励まし続けた。
彼女の行動が引き金となって、多くの者達がビフトロの防衛に力を入れた。
その結果、今日までビフトロが残り続けた。ルシウスのような力が無くとも人は立ち上がる事ができる。
国を守り、大切な者達を守る事が出来た。
「ルシウスとイオの2人が、頑張ったから……今がある」
「2人だけじゃないだろ……グランヴァーレとビフトロのみんなが頑張ったからだろ? 黒――」
ハートが、グラスの中にあった酒を勢い良く流し込んで隣の黒が黙々と食べていた刺し身を奪う。
イオが広場で炊き出しがあると言って、ルシウスを除く3人が広場へと向かう。
炊き出しの匂いが黒とハートの空腹感を刺激する。
大勢の人で集まる炊き出しの会場で、よく見ると未来と心の2人が手伝いをしていた。
「あっ――。2人共、温かいご飯だよ」
「エプロン借りて、炊き出しの手伝いか?」
「流石に、何もしないってのはね……それに、心ちゃんやトゥーリさんが手伝ってるのを見て、自然と動いたの」
「そうか、そう言えば……アイツらの姿が見えねーな」
「ローグとガゼルか? どっかでこき使われてる筈だ。2人共、じっとしてる柄じゃないだろ?」
「うん。多分だけど、防衛強化がどうとかで……砦の方にいるのかな?」
「何の話? 私とルーちゃんも混ぜてッ!」
「あっ、危ないよ。心ちゃん」
黒、ハートと楽しく喋る未来の3人の輪の中に、ルシウスと心が加わって先程の侵略行為の雰囲気を吹き飛ばすように5人は笑う。
遠目から大勢の人の笑い声を聞いて、イオが自分の守るべき者達の笑顔を目に焼き付ける。
イオの隣に、ローグが歩み寄る。ボディガードから少し距離をおいてローグが尋ねる。
「不安か……?」
ローグの質問を肯定し、震える手を握りしめる。
必ず、もう一度イシュルワ軍は攻めて来る。黒達が不在のビフトロを守る事が可能なのか。
イオの心中を不安の渦では荒れていた。
だったが、隣のローグがルシウスの事について思った事を述べた。
「……俺は、黒とハートの強さを知っている。とは言っても、養成所出身じゃない。ただの同世代の一人だからな、出会ったのも遠征に参加した時の数回程度……。だが、その強さは伊達じゃない。それは、ルシウスも同じだろうな」
「……根拠でも、あるんですか?」
「根拠か……難しいな。ただ、強いのは確かだな。アイツらの隣で生き残った化け物の1人だからな――」




