皇帝で、あるからこそ
ティンバーの両隣に、宗治、紫苑の2人が立った。
その正面に、ハート、翔の2人が対峙するかのように立った。
「用があるなら、死んでから来いよ」
「別に、私はハートちゃんに用はないのよ」
「先輩、話の邪魔ですから脇で膝抱えて、大人しくしていて下さい。分かりましたか?」
「先輩に対しての礼儀がなってねぇーな。昔と同じように、ビービー泣かしてやろうか?」
バチバチに仲の悪い4人を前に、紫苑が涙目で2人の間に入ろうとする。
しかし、4人の目には紫苑は写らない。もはや、誰の言葉も通じない。
港に集まった多くの人を前に、紫苑が対立する4人の対象か人の避難のどちらを取るかで頭が混乱する。
――なぁ、全員仲良く海に沈むか?
強烈な悪寒が4人の背後から突き刺さる様な感覚と共に近付き、鋭利なナイフが喉元に向けられている様な冷たい死が訪れた。
僅か一瞬にして、全員の脳内に強烈な危機感を植え付ける。
悪寒を感じて、それぞれが対象する為に反応する。
だが、その場から退避や防御などの行動に移るよりも先に、ティンバーと宗治の2人が顔から血を吹き出して2、3歩その場からヨロヨロと後退する。
不意に、2人に襲う違和感――。その違和感を確かめる為に、指先で触れる。
その瞬間を以て、2人は知る事となる。
自身の鼻骨が砕けている事に、そして沸々と湧き上がる痛みと共に血が滴り落ちる。
相当な量の血がボタボタッッ――と、鼻先から流れる。
ティンバー、宗治の2人がダメージを受けたのと全くの同時に、ハートと翔の2人が空へと勢い良く飛び上がる。
黒からの一撃を避ける為にあえて空へと飛び上がる。飛び上がって間合いから逃げる。
「ハートと翔は上手く逃げたな……のわりには、腕が落ちたか? ティンバー、田村」
2人の前に現れた黒が、2人の鼻骨を綺麗に治療する。痛みが消え、止血もされた。
完治した鼻を押さえていたティンバーが立ち上がり、黒へと襲い掛かる。
寸前までは姿が見えなかった。しかし、今は目の前に立っている。
目的の相手が自分の目の前に姿を現したをその事に、ティンバーが握り拳を作る。
が、その拳が振り下ろされる事はなかった。
「ティン、やり過ぎ……」
割って入った紫苑の指先がティンバーの拳を難なく止める。人差し指1つで、紫苑よりも大柄なティンバーが動きを止めた。
一同がその凄さに驚く中で、地上に降りたハートと翔が生唾を飲み込む。
異常な殺気が周囲を呑み込んでいた。斑鳩紫苑――彼女から発せられる異常なまでに鋭い殺気が2人の手に武器を取らせる。
「紫苑――。殺気を、抑えなさい」
「はぅ……」
チョップで紫苑の頭を軽く叩いて、殺気を押さえ込ませた黒が溜め息を吐いた。
それは、ティンバー、宗治、紫苑が何の目的でこの倭へと足を運んだかを理解している様子であった。
そして、黒の鋭い眼光の先で人影が動く。
その場の誰よりも、その殺気を全員に浴びた人物はその場で足をもつれさせた。
しかし、意地でもその場から逃げるべきだと判断したのか、周囲の目など気にもせずにその場から走って逃げる。
だが、黒の放った手刀がその者を決して逃さない。
群衆の中で、揺れ動いて逃亡するその者の肩を黒の攻撃が命中した。
「ウギャァァァァァァ――――ッッッ!!!!」
肩を押さえて、フラフラと歩いてから程なくして倒れる人物を黒は睨む。
指先に込めた魔力を糸状に伸ばして、倒れた人物を自分の足元へと引き寄せる。
ジタバタと暴れるその人物の体を糸で操る。
目の前の人物がイシュルワのスパイである事は、黒の目には明らかであった。
その証拠に、後ろの3人が――殺気を帯びた。
「ティンバー、宗治、紫苑……お前らがイシュルワの皇帝だとか、この際どうでも良い」
その一言に、3人の体に衝撃が走る。ティンバーの頬から汗が流れる。
宗治の手が震え、紫苑の心拍が跳ね上がる。
「……死にてーなら、掛かってこいよ。イシュルワのゴミ虫共が――」
紫色の瞳を光らせた黒が指を鳴らす――
ティンバーの号令に合わせて、豪華客船に潜んでいた数多くのイシュルワの兵隊達が我先にと飛び出す。
しかし、その全員が黒の透明な糸に捕まる。空中で身動きの取れない彼らの姿は――一言で表された。
――見るに絶えない。
ギシギシ――と、空中で体を拘束されたイシュルワの兵士達が揃って顔を青ざめて、下の黒に目線を落とす。
この糸で動きが止まり、指先1つ動かない。この身動きの取れない状態では、自分達は死を待つだけの肉塊でしか無い。
豪華客船のデッキから飛び出した数は少なく見積もっても数百人は居たであろう。
その全員が黒の糸に絡め取られ、体の自由を奪われている。
「ティンバー、今は止めとけ。お前じゃ……手も足も出ないだろ?」
「……分かってるじゃない。それでこそ、黒竜帝よ」
ギィィンギィィン――
前のめりになって、黒へと襲い掛かろうとしたティンバーの体も兵士と同じく指先一つ動かす事叶わず、その場で停止する。
糸による全身への捕縛技術の高さも然ることながら、異常な魔力量を有する黒だからこそ可能な異質な技術――
一定の出力を維持したままな状態で、一定の濃度に保った魔法を一定の性質で強化する。
魔力を一定の域まで凝縮させ、性質を変化させる技術を指先から伸びる《糸》全てで実現させる。
その圧倒されるほどの強さに、ティンバー、宗治、紫苑の3人は、この瞬間を以て完全復活を確信した。
そして――
難攻不落に――恐怖を抱いた。
 




