今は、祝おう
クラトが、暗い通路を進む。
靴が地面を蹴る音だけが反響し、クラトだけがその通路を歩いている事を知らせる。
「おや、戻っていたのか……久しぶりの再会だったのだろう?」
「知ってるだろ?俺達と黒の関係性は……」
「あぁ、知っているとも。それで、どんな顔をしていた?」
通路を抜けると、落ち着いた色合いの照明が光るバーカウンターの前に立っていた。
「黒くん、驚いてたよー。当然だけどね」
「でも、先輩は変わってなかった。あの魔力も……」
「でも、ボク達には到底及ばない……昔のままじゃ、ね」
カクテルが出され、一口で飲み干す。
程よい甘さの奥から迫る脳を刺激するアルコールが、癖になる。
カウンターの前で寄り掛かっていた黄が、ソファーで乗っ転がるユーナとエレメナの2人を見る。
まるで、姉妹かのように仲良く笑う2人の姿――その隣には、黒はいない。
「覚悟、出来ていたんじゃないのか?」
「クラト、分かってるよ。少し、考えてしまっただけだ」
「なら、まだ……戻れるんだぞ?」
「やめてくれ、その話はしない約束だろ? 全ては、夢の為だ。アイツと戦うのも覚悟の上だ。それに、今更どの面下げて帰れば良いのさ」
クラトがバーテンダーから提供された酒を片手に、黄と共にカウンターに寄り掛かる。
全て、計画は順調その物である。懸念すべき点を挙げるとすれば、クラトの動向を監視する者達の存在――
クレイトスやモルベンなどと言った。オーディエンスと呼ばれる機嫌を損ねた神々の妨害であろう。
今回の計画は、全てはある一戦の為にある。
それだけは、決して妨害されてはならない。
クレイトス達が送り込んだ《トレファ》などと言った異形を用いた無差別攻撃を仕掛ける。所詮は、邪魔な虫けらですら上手く利用して見せた。
黒達の脅威になるように色を加えた。
結果としてその行為が、黒やメリアナ達の領域を上げるのに成功する。
が、それがクレイトス達の機嫌を損ねる原因となる。
(俺の求める遊戯は、クレイトスやモルベンなどの破壊や恐怖の遊びでは意味が無い。成長という過程を楽しみ、我々の記した《黙示録》が人の手によって塗り替えられる。そんな年月と共に期待を含ませていく物であるべきだ……)
クラトがカウンターの前で考え込む。次の新しい物語の為に、新しい色を加える為に――
しかし、そんなクラトの思考を黄は阻害する。
「少し、頼みがある」
「……良いだろう。俺の数少ない《友人》の頼みなら」
バーテンダーが店の奥へと消えたタイミングで、この場の4人にだけ聞こえる様に――黄は頼みを口にする。
「2年ぶりなんだ……少しだけ、黒と未来ちゃんの時間を与えてくれないか?」
「構わない……それに、彼らは少なくともルール上では俺達に勝利したんだ。なら、勝者の特権が無ければならない」
「ありがとう……」
「ありがとうね」
「クラトさん。ありがとうございます」
黄、ユーナ、エレメナが揃って頭を下げる。
流石のクラトも驚きつつ、2年ぶりの再会を祝っているであろう。
黒達へと、少しばかりの祝福として酒が注がれたグラスをクラトと黄は慣らす。
ユーナとエレメナも2人に習って、グラスを鳴らしてくろと未来の再会を祝う。
そして、その先に待っている。地獄への片道切符が渡された事を――黒と未来達は知らない。
だが、それで良い。今だけは、その事実は知らなくて良い――




