十二の刃《Ⅲ》
トレファが下敷きになっていた岩を蹴り飛ばして、ズルズルと瓦礫の下から這い出る。
「クソ……あの女狐共が…!!」
夏菜によって邪魔だと言わんばかりに蹴られ、異形と黒焔騎士団との戦いで戦火が激しい中をゆっくりと歩く。
目指す先は、戦乙女――
トレファのイラ立ちの元凶であり、全ての始まりであった。
ここまで大きな戦いになったのも2年前の邪魔をしたのも全て、あの女の仕業。
「黒竜の前で、女をぐちゃぐちゃにして……ボロ雑巾の様に弄んでやる……」
トレファが小型、中型異形種を再び追加召喚し、倭へと進軍させる。
しかし、直ぐ目の前が一瞬で焦土と化した。頭上から空気を切り裂く音共に降り注ぐ何かが焦土を作り出す。
爆炎に囲まれ、熱風が全身に吹き付ける。
堪らず腕で顔を防御し、熱風と爆炎の外から人影がこちらへと近付く。熱風を浴びながら、トレファはその者の姿を腕の間から確認する。
「お嬢を、ボロ雑巾……いい度胸だ。そこだけは、評価しよう」
機械的な声が聞こえ、熱風が和らいだタイミングで腕を下ろす。
機械的な声の正体は、全身を鋼で覆った――機械族の自動人形であった。
何人たりとも砕けない鋼の装甲、平均サイズの人型でありながら重厚感を感じさせる装甲。
人よりも高度な演算機能を備え、様々な武装を有する――第十一師団師団長《ラ・ムーナ・ネルゼルド》が一帯の異形を焼き払う。
その後ろから続々と騎士がラ・ムーナの炎の中へと入る。その全員が、黒焔で重要視される後方部隊の一つである――第十二師団師団長《ミィーファ・ヴァーミリアン》を護衛しながら進んでいる。
「流石は、ラ・ムーナ様。黒焔騎士団随一の殲滅力を有する方です。2年間ぶりとあって、今でも圧倒されます」
「ミィーファ、今は早急に所定のポイントに付くのが懸命だ。君は……他の者達よりも少々時間にルーズ過ぎる」
「まぁ、それは申し訳ありません。急ぎますね」
「ねぇ、ラムーナ。私だけでも先に行ってて良いかな? やっぱ、ダメ?」
「不許可だ。考えて見ろ、あのミィーファだぞ。ここが、戦場であろうとも自分の速度を一定に保っている。その上、1名でも誰かが付いていないと真逆の方へと向かうのだぞ? ……それと、私の名前は『ラ・ムーナ』だ。間違えるな《ソラリス》」
「知ってるわ、わざとに決まっているでしょ?」
戦場では似つかわしくない。ホワホワとした雰囲気で、金髪の長髪を揺らしながら、柔らかな青眼とにこやかな微笑みで戦場を歩く。
黒焔騎士団で唯一にして、黒と同等レベルの治療を行える腕を有する女性――ミィーファ・ヴァーミリアン。
だが、欠点を上げるとすれば、良く迷子になる。マイペース過ぎる上に、どんな状況でも自分の速度を保っている。
治療時など、冷静な場面では他の騎士や黒焔の面々に姉のように振る舞う。
――が、基本的には誰かの目が無いと、目的地に到着が困難とも言える。
その後ろから、ラ・ムーナと名前のイントネーションをわざと違えた天翼族の《ソラリス・アークランド》がミィーファの護衛に付く。
白髪、銀眼、背中の純白の両翼が特徴的な彼女は、黒焔の飛行部隊を指揮する――第四師団師団長。
空中では随一の速さと機動力を有する天翼族の中でも位の高い彼女は、ミィーファや他の団員からもその美貌や所作の美しさを評価されるほどの綺麗な女性――
しかし、彼女は黒焔騎士団の団員である。黒竜帝が率いる騎士団の所属という事であれば、どんなにスタイル、顔立ちが美しくとも――その者の戦闘力が非常に高いのは、必然。
「ミィーファ、下がっ……こら、そっちじゃないわ。逆方向よ。はぁ、ホントに方向音痴よね。ミィーは――」
ソラリスの翼が紫色の稲妻を放ち、前方から迫る異形を両翼で薙ぎ払う。
体を上下に千切られ、地面を転がる異形に気付いてミィーファが「まぁ、異形ですね」と、この場に似つかわしくない言葉を発する。
流石のラ・ムーナとソラリスもこのミィーファの言動には、頭を抱える。
そんな2人を笑いながら、3人の男がその輪の中に加わる。
「ハッハハハ――!! だから言ったろ、ミィーファの面倒は骨が折れるってよ。普段から面倒見てねーお前らじゃ、負担がデカ過ぎるんだよ」
「やっぱ、そうなるよな。おい、《アッシュ》! ラムーナとソラリスが音を上げてる。可愛い幼馴染みをお姫様抱っこしてやれよ」
「《クルム》……ちょっと、黙ってろ。はぁ、ミィー、こっち」
「まぁ、アッシュ……私と手を繋ぎたいのですか? ホントにアナタは甘えん坊さんですね」
「……もう、それで良いよ」
青髪、赤眼、魔人族特有の肌の紋様を隠す事無く晒し、筋骨隆々な見た目とは裏腹に手に持った魔導書の魔法でその場に集まった全員を結界で守りながら進む。
魔人族の持つ魔力量の高さと魔法に対する高い適正能力から見ても、この男――《ベルガモット・ローレント》の実力の高さが伺える。
その上、彼の率いる第七師団は、魔法に特化した部隊である。
魔法による支援から援護まで多彩で、師団長のベルガモットの容姿からは想像出来ないほどの細かな支援を得意とする万能師団――
その隣で、ベルガモットと共に笑いを堪える。銀髪、緑眼の亜人族の男――《クルム・メディーナ》が、目を開けてから笑いを堪え切れずに思わず吹き出す。
黒焔騎士団の第九師団を束ねる師団長と、こう見えて他の団員、ミィーファや黒に続いて、薬学などの知識に長けている。見た目に反して――
ゲラゲラとそんな2人から笑われながら――ミィーファの手を繋ぐ。
金髪、茶眼の男――《アッシュ・レンナー》が顔を真っ赤に染めながらも幼馴染みのミィーファの手を大切に扱う。
第七のベルガモット、第九のクルムにバカにされるこの男も同じく黒焔騎士団の師団長である。
が、彼らは第六師団師団長でありながら、黒焔騎士団唯一の人族の師団長――
他の師団長とは異なり、秀でた才能も優れた能力も持たない。
ただ、愚直に鍛錬を重ねて、大切な人を守る為にただただ鍛錬を積み重ねた。
それ故、白や黒を除いた。黒焔の中でも最強クラスに匹敵するレベルの剣の腕を持っている。
ミィーファ達を頭上から狙っていたトレファの体を斜めに切り裂いた。
離れた位置であっても、アッシュの剣先は届く。
腰に下げた剣を抜剣した所は見えない程の恐ろしいまでに速い剣速――
舌打ちするトレファをアッシュは冷やかな目で忠告する。
「動き回るなよ。例えお前の姿が見えなくても、ここは、団長の射程範囲の内側だ」
「なに――!?」
アッシュの忠告の意味を聞いてから、疑問の1つでもあった自分や異形種を無視する行為の意味が判明した。
アッシュの言葉でようやく全ての疑問が解消される。
そして、ここが実際に、黒の射程範囲内という事であればトレファの動き自然と制限される。
砂埃、異形、視界を遮るにはうってつけの環境。
にも関わらず、この者達が未来や仲間を守らない理由――
不意打ちが狙いやすく。魔力が僅かで無防備な未来達は非常に危険である。
しかし、未来は守らず。何を以ってしても倭へと一直線に向かう。それは、大切な者達を守らないのではなく。
――黒竜帝の攻撃範囲内であるから、そもそも守る必要が無いからであった。
 




